さよなら、昨日の知らないあの人

大袈裟な話をする。

9月の半ばのその日、5年間連絡を取っていなかった友人が夢に出てきた。夢の中では祖母の家がシェアハウスになっていて、その住人のひとりが彼だった。祖母が住人たちの部屋の片付けをするように言うので私は言われるままに掃除に向かった。彼の部屋が一番近くにあったので何の気なしに入る。そこは埃っぽい段ボールが散らかり放題で人がやっと1人通れるくらいの道が辛うじてあるだけの乱れ具合だった。「ウワァなんだこりゃ」と近くにあった段ボールを指で摘む。埃がはらはらと空気中に舞いながら光に反射して落ちていく。
それを見た瞬間、直感的に「ここは彼の部屋じゃない」と感じた。彼は几帳面な人なのだ。長袖のシャツはいつもきっちりと折り目折り目を綺麗に揃えて捲られる。昔から机の上に置かれた筆記用具は彼の理想の順番にきっちり置かれて向きも揃っている。ノートも規律の取れた様子でそこに書かれる彼の文字は性格を表すようにとめ・はね・はらいが正確になされている。そんな彼が寄越す年賀状はその書体な上に小さい文字で事細かくメッセージを書き尽くしたもの。そんな彼がいくら自分の部屋と言えどこんな風にする訳がない――。

そこで目が覚めた。初めは珍しい人が出てきたものだなという具合だった。私は変な夢を見ても大抵出勤する頃には忘れるタチである。しかし今朝の夢は朝食を食べても出勤しても、そして退勤後のバスの中でさえふとした時に思い出してしまい、一日中やきもきしたまま家路に着いた。

5年前まで彼とは長電話をしたり仲間内ではあったけどドライブをしたりする仲だった。元々同郷であったが親しくなったのは高校の時で共通の友人を介して打ち解け、彼は漫画を、私は小説を貸し借りするようになり、卒業間際には志望校に落ちたら通信に行くと告白した唯一の人物になった。
その後、無事志望校に進学した私は同じタイミングで彼が帰省する度に漫画の続きを家に借りに行ったりして、親交は続いた。お互いが進学地へ戻った後も年に数回メール(彼の文章は独特でなんとも面白おかしい言い回しをするのでそれがとてもすきだった)や相変わらず長電話をしたりして、その距離はなんとも心地よかった(一応前置きしておくけれど、彼とはあくまで友人である。今も昔も、そしてこれからもそれ以上もそれ以下にもならない)。
しかし大学を卒業した後はぱったり連絡が途絶えた。もしかしたら1・2回は電話をしたのかもしれないけれど覚えていない。私自身慣れない社会人生活に忙しかったこともあるし、何より連絡をする程の話題が無かった。更に私は性格上、所属していた集団や付き合いのあった関係など、現時点で接点がなければ過去として人間関係もそこでさっぱり清算するタイプなので、彼もその他大勢のひとりとして私の中では最早過去として処理したのではないかと思う。そして恐らくそれは彼も同じだ。この5年間、彼から連絡が来たことは無かったはずなので、彼の中でも既に私は過去の人である可能性が高いのだ。
今となっては馬鹿馬鹿しいイタズラのようなものであってもなにかしら連絡をすればよかったと思っている。私の記憶が正しければ、最後に連絡を取った時はお互いに「いつか遊ぼうよ」と約束して、それっきりだったはずだ。

話を戻す。
そんなこんなで一日中やきもきした末どうしても気になって5年ぶりに彼のアドレスを開いてみた(私たちはお互いのLINEを知らない)。けれど5年もあれば人は色々と変わるだろうと映し出された彼のフルネームを見ながらさみしい気持ちになった。そもそも、ここに表示されているアドレスや電話番号が変わっていない保証さえないのだ。例えばこの5年の間に彼が機種変でもして、彼が私に教える必要がないと思ってしまったら既に手遅れなのだ。5年という月日にはそれをさせてしまうような力がある。
それに不安もある。大袈裟だと笑ってくれていい。けれど私は数年開いていない彼のアドレスを見ていると、ふと彼自身や彼のと思い出は幻だったんじゃないかと思えてしまうのだ。更にあの夢は何か悪い予感ではないかと思い始めてしまう始末である。一度不安を思いついてしまうとそれはなかなか離れていかない。心は、身体は疲れていないだろうか、私からの連絡に応えることが出来る状態だろうか。それだけでいい。それだけでいいから知りたかった。
しかしそれを知る術の見当がつかない。彼の連絡先に発信してしまえば済むことなのだが、万が一彼が出た場合、十中八九どうしたのか尋ねてくるだろう。まさか「夢に出て来たから心配になった」なんて言える訳がない。恋人同士じゃあるまいし。もし立場が逆で彼からそんなメールが来たら多少緊張するかもれないけれど、私はまず訝しんでしまうし、その文面の真意を探ろうとかなり構えると思う。仮に不審に思われるのを承知でそのまま伝えたとしても、直後に小っ恥ずかしさを通り越して顔から出た火を消す暇もなく深い穴を探して入ってしまうだろうし――、とりあえず現実的にもう二度と顔を合わせられない。無理だ。そんなことをしたら私の沽券は死んでしまう。

液晶を付けては消し付けては消しを繰り返しながら30分が経過した後、結局電話を掛けることに決めた。もし彼が出たらかけ間違えたとでも言って取り繕うつもりだったが、私の緊張のピークと度胸のメーターがダウンしてしまったために4コール目で自分から切ってしまった。私が意気地なしであるが故に正真正銘なイタズラ電話になってしまった。心の中でストーカーとはこういう行為から始まるのかなと思った。

その後、自分に嫌気が差しながら迷った挙句にメールを送った。形式上「間違い電話でした、ごめん」という旨を打った。これだけの内容なら返信が無くても不思議はない。それを承知で送った、ただ謝罪メール。

煮え切らないまま逃れるようにTwitterを開く。流れのままにTLを見ていると――スマホが揺れた。通知は出ない。メールだ。スマホのメール機能はほぼ使わないのでそれだけは通知しないように設定しているのだ。すぐ開こうかどうしようか、数秒固まりながらTwitterを閉じた。ホーム画面に戻るとメールアプリに一件の通知が付いていた。恐る恐るメールのアイコンをタップして受診ボックスを見る。彼だった。最早メルマガやアプリの通知しかないその件名欄に表示される彼の名前は一層特別に見えた。
彼の名前をタップする。こんなにドキドキしながらメールを開くのは一体いつぶりだろうか。そのメールは誤発信に関しては気にするなとの事と元気にしているかという旨の文章が打たれていた。それに私は元気だと返信すると、直ぐに返信が来た。彼の本質そのままの味が出るようなそれがなんともおかしくてひとりで声を出して大笑いした。そして大きく息を吸い込んだ瞬間、涙がぼとりと落ちた。瞬きをするとそれはぼろぼろと続けざまに落ちていって遂にクッションの染みとなった。笑いながらこんな大粒の涙が出たことなんかなかった。

すっと身体の力が抜けていく。今メールをしている人は「紛れもなく私のすきな彼のままの彼だ」と思った。彼は彼のままで、そしてちゃんと生きていた。彼は幻だったんじゃないかと不安になったことが随分と馬鹿馬鹿しく感じた。そんな訳あるはずがないのに。自分に辟易しながら流石にこれ以上クッションを汚す訳にもいかないのでちゃんと涙を拭いた。そしてそのまま返信のアイコンをタップして返信内容を打ち込んだ。
ふいに学生の頃、「メールの返事はすぐにしちゃだめ。少し焦らさなきゃ」なんてセオリーがあったのを思い出した。まぁ、それは今の私には到底縁遠いものだ。そんな事を思いながら彼のアドレス宛に送信ボタンを押した。

#備忘録

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