指輪
「ひょん」なことからツイッターのアカウントが会社の人にバレた可能性が出たため、昼休みが終わる残り5分の間にアカウントを消した。
最近は男だの女だのセックスだのパパ活だの短歌だのルッキズムだの、あまり好きではない内容の話題も増えてきたし、本当に忙しくて見る機会も減っていた。ごくありふれた寂しさみたいなのはあったけど、割とすんなりと消した。
会社の人には実際のところバレているのか何なのかよくわからない。日々忙しすぎて過ぎていく。
あまりに忙しいことで私の心は別物のようにおかしくなってしまい、泣きながら退勤し泣きながら出勤する日々が続いた。全員にイライラするし自分のことがなぜか許せない。生きていてはいけないと思い始めて、そこから考えが変わらない。ぼんやりとして胃と頭が痛む。
いよいよ怖くなり、退職を盾に振りかざし業務量を減らしてもらった。
会社の目標など知ったことかと思いつつ、周りが死にそうになりながら退勤していく後ろめたさもありつつ、やはり私はのびのびと生きている。文房具屋さんで映画や美術展のチケットを貼るアルバムを買った。新作の映画も街まで見に行く。髪を切った。
会社の女子トイレで指輪を拾った。ピンクゴールドではなく黄に近いまさしくゴールドで、指がはまる部分を取り囲むようにして上に向かって伸びて、二重のようになっている。きれいな指輪だった。
誰のだろうと思ってオフィスの人間に聞いてみたがみんな知らないと言うし、何なら話を聞いていない人もいた。まあ仕事しているときに指輪が…とか言われてもこんなもんなんだろうか。こんなもんの間柄だし。
一応別の部署にも聞くと、一人の男性が、あ、と言ってから誰かを呼んできた。
お菓子が入った大箱を持った女性の社員が後ろからついてきて、「これ私のです!ありがとうございます、本当に大事な指輪なんです」と言った。
「いやいや、拾っただけだから」と言いつつ、私は大箱の存在感を見て、「もしかして今日最後ですか?」と聞いた。
「そうなんです、だからマジで危なかった!本当に大事な指輪なので」口が大きい美人で、笑うと薄い唇から小さな歯が綺麗に並んでるのが見えた。
声が大学のとき仲良かった女の子と似てるなといつも思っていた。
そもそも手を洗うときにわざわざ外すくらいだから、錆びさせたくない大事なものなんだろうなと思った。でも私には大事な指輪がないから、なんでそんな大事なのかわからなかった。
持っていたお菓子はなんか親しい人用だったらしく、指輪を拾って、たまに給湯室で話す程度の間柄の私はもらえなかった。こんなもんの間柄でも、その人の大切なものを拾えてしあわせだった。
こんなもんの間柄でももらえるお菓子は共用部に置いているらしい。なくならないうちにどうぞと言ってくれた。でも多分シガールなので、結局もらってない。
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