短文:ただ雨の滂沱(ぼうだ)たるを
雨が降っている。
ザァザァと音を立てて落ちる水の音を、私は静かに聞いている。
降り始めてからどのくらいたったのだろう。
雨はまだまだ止みそうにない。
昨日の夜、私は失恋をした。
私たちはとても良い関係性だったし、正直なところ相手にとって特別な存在であると自覚し、そして自惚れていた。
いつかは恋人と呼べるような関係になれるのだろうと。
特別な存在と言うものには種類があり、実際の所、どうやら彼にとって私はそういう種類の特別ではなかったようだ。
彼にはっきりとそれを伝えられた時、私の頭の中は驚きや自惚れていた自分への恥ずかしさがほぼ全てを占めており、悲しさという所まで至らなかった。
ようやく気持ちを整理し、悲しさを実感したのは夜明け頃だ。
それからずっと、私は雨の降る音を聞いている。
ボタボタと落ちる水の音をただ感じている。
窓の外を見ると、原色の様な真っ青な空の遠くに、入道雲が見える。
アスファルトはカラリと乾いていて、下校中の小学生のはしゃいだ声と走り去る足音が聞こえる。
セミの声や車の音、誰かの話し声、自転車のベル。
この日常の賑やかな音を受け入れるにはまだ、私の心に悲しさが多すぎる。
窓を閉め、私は私の心の中に耳を傾ける。
ザァザァと降りしきる雨の音。
降り続ける雨はどんどん溜まっていき、とうとう私の目からも溢れ落ちる。
雨が地面に溜まって自然にどこかへ流れる様に、私は拭う事なく涙を流す。
雨が止むにはもう少し時間がかかるだろう。
彼に対する私の想いは、それだけ大事な気持ちだったのだ。
仕方がない。
今はただ雨の音を聞きながら、流れるままに涙を流そう。
織田純一郎さんの翻訳小説「花柳春話」の一節「唯猛雨の滂沱たるを聞くのみ」より。