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短文:紅掛空色
仕事からの帰り道、空を見上げた。
5月終わりのこの時間帯は、西の空は夕暮れが近づいてきており、東の空は青とも赤とも言えない、複雑な色をしている。
あの色に名前はあるのだろうか?
残念ながら国語にも芸術にも明るくない僕には、この色を正しく表現する言葉は浮かばない。
ただ、僕がこの複雑な空の色を特別に好きだという事は言い切れる。
これから始まるであろう梅雨の時期は、湿度が高くて不快なので好きではないけれど。
空の色にあてられて、なんとなくフワフワとした気持ちで彼女の家へと向かう。
僕たちは毎週金曜の仕事終わりに、どちらかの家に集合する事にしている。
今週は彼女の家に集合する約束だ。
土曜と日曜には、集合した方の家を少しだけ掃除したり、食事を作ったり、人にはあまり教えたくないような、甘ったるい時間を過ごしたりする。
この週末の過ごし方は、僕たちのお気に入りの過ごし方だ。
商店街を抜けた先にある、マンションの5階に彼女の家はある。
ちなみにエレベーターはない。
階段を上り、少し疲れた気分で部屋のインターフォンを鳴らす。
「お疲れさま。おかえり~」
仕事が早く終わっていた彼女は、すっかりリラックスした部屋着のスタイルだ。
「今ね、窓拭いてたんだ~」
出迎えてくれた彼女が、部屋に戻りながらのんびりとした口調で話す。
「窓?」
「そう、窓。
あんまり空の色が綺麗だからさ、窓も綺麗にしたら額縁みたいでもっといいかなって思って。
私さ、この時期の空の色好きなんだよね。」
ふと窓を見ると、東側にある窓が綺麗になっている。
ズボラな僕たちは、普段は窓掃除なんてしないから、他の窓はお世辞にも綺麗とは言えない。
綺麗にされた窓からは、先ほど外で見ていた時より少しだけ青が濃くなった僕が好きな色の空と、どこにでもあるような街の風景が見える。
「ホントだ。空の色、綺麗だね。」
僕は何気なく答える。
彼女といると、ドキリとさせられる事がある。
一緒に5月を過ごすのは3回目だけれど、僕が5月の夕暮れ時の空を好きだと伝えた事はないように思う。
そもそも空の色についての話をした事もないような気すらする。
けれども、別の場所で同じ日に同じ方向の空を見て、同じように好ましく思う。
そういう事がたまに起こり、そしてドキリとする。
一緒にいるから好みが似てくるのか、僕が見透かされているのか、はたまた意外と大部分の人間が同じような思考や好みを持っているのか。
理由はどうあれ、彼女との間でこういう一致が起こった時、僕は体の奥の方からクスクスと嬉しさが湧き上がってくる。
けれども僕は彼女から与えられるこの嬉しさについて、説明もうまくできないし、なんとなく気恥ずかしいから彼女には伝えない。
「ねぇ、明日は何する?」
ご飯を食べる僕に、彼女が聞く。
「とりあえずさ、残りの窓も掃除する?
この窓だけ綺麗なのも気持ち悪いし。」
僕は嬉しい気持ちを隠し、なるべく平静を装った返事をする。
「確かに。
じゃあ明日もお掃除デーだね。」
「ささっと終わらせてさ、餃子作んない?
材料買いに行って。」
掃除だけじゃつまらないと思い、僕は提案する。
「いいね、色んな具材入れよう。
ハズレっぽいのも作ってさ。」
いたずらっぽく彼女が笑う。
明日の予定が決まった。
今週も僕たちのお気に入りの過ごし方で過ごすことになりそうだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました!