身体が近い!!
文: Rin Tsuchiya
スペインでは日本同様に挨拶をする。朝起きた時、その日初めてあった人に、しばしお別れする時、その日別れる時、などなど。毎日のように挨拶をし、1日のうち何回挨拶するかわからない。
日本でいう「おはよう」「こんにちは」「またね」などに当たる挨拶をするのだ。私の村では、友人や知人ならもちろん、すれ違った見知らぬ人でもすることがある。
ソンナコトイワレンデモアタリマエヤンと言われて当然だが、これが最初の頃はなかなか戸惑った。まず男性と女性で挨拶のやり方が違う。ここでは一般的な意味での男性と女性として話を進める。
①女性と女性
互いの右ほほと右ほほを、その次に左ほほと左ほほを合わせて「チュッ」と口で音を出す。「ウン ベソ!(Un beso)」と言う事もある。スペイン語でベソとはキスのことだ。
②男性と男性
普通右手を差し出して握手をし、挨拶をする。もしくは仲の良い関係であれば「ウン アブラーソ!(Un abrazo)」といってハグをしたりする。キスはしなくても左、右と頭を動かす事もある。アブラーソはハグのこと。
③男女間
①と同じく両ほほでキスをする。親しくなければ②のように握手をする。私のような「どうせスペインの挨拶の仕方もわからん東洋人なんだろう」と思われがちな人間も、握手から入ることがある。
さて、スペインの挨拶はどう思われるだろう?
色々意見はあろうが、私の最初の感想はこうだった。
「距離近くない!!??」
中途半端に隣人関係が難しい九州の片田舎と、肩がぶつかっても謝りもしない冷凍都市トーキョー、および隣人関係・人間関係が飴細工のように繊細な京都しか知らなかった私にとってはあまりに体と体の距離が近かった。
ご周知のように日本だと握手はおろか、頬をすり合わせたりすることはないだろう。なので、初めの頃はこんな感じだった。
友人「またね!」
私「また会おう!」
友人「よしハグだ!」
私「おう????(近いよーー!!顔と顔が近いよーー!!!!)」
全くスムーズにハグやキスに誘導される。誘導されるどころか、挨拶しながらセリフが出てくることがあるのでこちらも応対せざるを得ない。
私は幸いにも初めてのスペイン滞在の時にも、親切な友人たちに恵まれたので出だしからスペイン流の挨拶をすることが多かった。その度「なんで初対面の人と顔面をすり合わせられるの???」と内心ツッコミを入れていた。
スペインではそういうもんだと思ってしまえば今はなんてことないし、自分から進んで挨拶できるようになったが、身体接触を伴う挨拶はいろんな感情を引き起こす。
これは感覚的なものかもしれないが、帰国間際にスペインの友人とハグなりキスなりをして別れを告げた後はとても寂しい感じがする。
これまで別れが寂しくて泣いたことはなかったが、そうして別れた後は寂しい気持ちと涙が込み上げてきて、思わず熱いものが目尻から流れてしまいそうだった。なお実際には流れていない。
握手した相手の手の形も、大きさも硬さもそれぞれ違うし、キスをして香る香水もそれぞれ違う匂いがする(男性もよく香水を使う)。日本ではこういう個々人の身体的な側面を垣間見ることはあまりないが、スペインでは身体的な感覚としてその人という人間がより色濃く残る。
余談だが、教会のミサでも隣同士に座った人と握手を交わすタイミングが毎回あり、また教会にあるマリア像、キリスト像にもキスをする。
挨拶とカトリック、どちらが先立つかはさておき、スペインでは自分の身体を他の身体と接触させることへのハードルがとても低いようだ。
挨拶は友人の輪のなかで行われ、また信仰の一部としても行われる。
理論的なことはさておき、こうした身体接触が頻繁にあればこそ、挨拶をした相手その人自身をより強く、等身大の人間として印象付けることができるのだろうと感じたのだった。