古本に挟まれた物たち
私は然程、本を読まない。
そしてたまのたまに購入した古本にそれはあった。
B’z
ヒョウ柄のB’zが栞になっていた。
とても素敵なことが書かれています。1998年製の栞だね。
購入した本自体は心理学者の方が20代の頃の日記を書籍化した精神的な内容だったので、そこに挟まれたB’zには大きなギャップがあった。
古本にはそういった小さな出会いが時たまある。前の持ち主の生きた証が垣間見えるところが個人的に胸に響く。
少し趣が変わるが、私はこの栞も好きだ。
心斎橋アセンス。今はほぼ無き心斎橋アセンス。
ものさしにもなる実用性を兼ね備えた栞。栞というよりものさし(アルミ製を彷彿とさせる)に寄せたデザインも好感が持てる。なにより今は本屋としての営業を終えていることを思い出させてセンチメンタルな気持ちにさせる栞だ。
そして古本には栞だけではなく、書き込みが残されていることも興味深いと思う。
旧漢字だらけのため内容に集中できないまま読了した思い出。それは私が悪い。
自死を選んだ方々の発言や残した文献から、世代や時代は違えど共通の認識や概念が浮かび上がってくるのではないかという視点で自殺について書かれた本だ。
まえがきに書かれていた文章が胸に残る。
とにかく、思想と感覺の乖離に苦しんだはてに自らを殺していつた人々は、我々の苦しみを典型的に苦しんでくれたのである。さういふ點で僕等と無縁ではない。
自死という形は選ばないが、私もだれかにとっての前例になれたらと強く思う。
この本は暇でふらりと入った浅草の古書店で購入した。前の持ち主は1953年に横浜の弘明寺付近の宿に泊まってこの本を読了したのだろう。
中には赤い鉛筆でたくさんの印や線がつけられていた。知的好奇心からか、それとも共感かは私以外私ではないので分かりようもないが、先に載せた作者の文章が自分にも、そして前の持ち主にも通ずるところがきっとあるだろうと感じた。
読書を嗜まれる方は栞にはなにを使っているのだろう。書店のレジで無料配布されているもの。元から備え付けられている小豆色の細い紐。雑貨屋や美術館の売店で目をとめたお気に入りの栞。
私は新幹線の乗車券をクレジットカードで支払いしたときに発券されるクレジットカード領収書を栞にしている。大きさと堅さが栞に丁度よくて重宝している。
以前、雑誌を切り抜いてブックカバーにすることにハマっていたときの生き残り。とある理由で1990年代のMEN'S NON-NOをヤフオクで購入し、その誌面をブックカバーにしていた。折り返し部分を開くと永瀬正敏さんの顔が現れます。
皆さんの読書にまつわる話を知りたい。
そんな日曜日の夜が今日も終わる。
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