まぼろしの夜
春の気配がすこしだけする土曜日。
ヘトヘトになりながらバイトを終えて、ユレニワのライブに行った。わたしはいろんな気持ちを抱えたまま、長い長い階段を登り終えて、ぐちゃぐちゃの頭の中のまま、静寂を待つ。
いつもと違うSEで現れると彼らは、誇らしげに、音で会場を満たした。始まりは、いつもよりも優しくて、あかるくて、だからすこし心を緩めて、音の行方を見守っていた。
だけどそんなのはほんの序章。瞬きを一回すると、わたしは轟音の中にいた。掲げられたギター、降り注ぐ鋭い矢のような音。つかのま、音の中で呆然として、音たちを必死で捕まえようと、目を凝らした。岩に打ちつける荒い波が、木々を激しく揺らす強い風が、目を細めるほどの真夏の日差しが、前も見えないほどの吹雪が、そして、沢山の、人たちの群れや視線が、その空間のなかで現れたり消えたりした。遠い遠い昔に、生きていた人たちの亡霊まで呼び寄せるほどの轟音。
あの日、あの空間にはまだほんの少し隙間があったけど、きっと亡霊たちがあの音を聞くために集まっていた、そんなまぼろしのような夜だった。ずるくて嫌いな自分に気づいた冬の日のことも、許してあげようと思った。強くてオーロラ色に光る音には、激しさだけじゃなくて、やさしさが宿っていた。わたしはそのやさしさにどうしようもなく救われていた。
ついに、突破口を開いたんだ。この先の道が、つやつやの未来が呼んでいるのがわたしには見えた。たからものの夜がまたひとつ増えた。
音楽につつまれる、
こんな夜のためにまた日々を生きよう
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