最果てのアフロ。
エチオピア、アワッシュ川下流域で約400万年〜200万年前に産まれた人類の祖先は、ナイル川に沿って北上すると、広葉樹の葉脈の様にアフリカ各地へ広がった。
約12万年前、紅海やアジアの付け根にあたるレヴァント地方から海峡を越えアラビア半島へ出ると、歩みを止めることなくインドへ西進、北の高過ぎるヒマラヤ山脈を迂回して東南アジア。そこから海を渡り約3万年前に葉の縁にあたる日本へと渡った。
絡み合いながら広がる生息域に適応するために各地で社会、文化が生まれた。その旅路は言葉という最も薄い刃で切り出しても潰してしまいそうな程に物語が詰まっている。
「あらゆる陸地を闊歩する人類は、広大な宇宙の他の星へと生息域を広げるだろう。」という考えは、19世紀にジュール・ヴェルヌが書いた『月世界旅行』や、1926年、アメリカのロバート・ゴダードによる液体燃料ロケット打ち上げが成功して以来、大多数が抱く確信に近い予想だった。
ところが、宇宙移住に先んじてアメリカで新たな領域が発明された。
1969年、3つの大学を2文字のやりとりで繋ぐだけだった通信網は、瞬く間に世界規模の巨大なインフラとなった。
インターネットと呼ばれる電子空間は、現在、世界を行き交う電子情報の97%以上をやりとりしている。
アメリカ国防高等研究計画局にコンピュータネットワーク開発のため創設されたIPTO部長J・C・R・リックライダーは、部下や同僚たちを「銀河間コンピュータネットワークメンバーと関係者」と書き記した。
彼のユーモア通り、通信網の中には宇宙よりも身近な銀河系が構築されたのだ。
もっとも地球を周回する国際宇宙ステーションにインターネットリンクが確立された2010年1月22日から、宇宙とインターネットをわけることは些か難しいのかもしれない。宇宙空間でTwitterに投稿された宇宙飛行士TJ・クリーマーの言葉は、地上の僕らの手の中にあるスマホを通じ即座に読むことが出来るのだから。
『ファンキー!宇宙は見えるところまでしかない』
松尾スズキの戯曲タイトルが表すように、人間の認知や想像の果てこそが宇宙の縁ならば、インターネットの縁もまた同じところまである。
人類がアフリカを出た頃には持ち始めていた想像力が、インターネットを通し誰もが住むことの出来る新大陸として現実へ顕在した。
誕生して暫くは陸だけを移動していた人類が、アフリカを出るため紅海を渡ったように、思考、それを司る言葉が肉体を離れ、インスタントメッセージによるほぼ即時の通信、VoIPによる「電話」、ビデオチャット、World Wide Web とそれによるインターネットコミュニティ、ブログ、ソーシャル・ネットワーキングの広がる電子空間へ生息域を拡大したのだ。
インターネットと呼ばれる新大陸には、生き物が存在しなかったので、生息域拡大にはつきもの先住者との闘争は起こらなかった。
先ず、各媒体に趣味や意見を核とする小さなコミュニティが誕生した。電子空間の拡大により林立するそれらの村は、次第に各々を内包したより大きな国へと変化した。
それは旅をやめ定住を選択した人類が、文明社会を形成していく過程と、とても良く似ている。
過去に人類が歩んだ旅と違い、移動のコストが限りなく少なく、定住に食料を必要とせず、何より所属の条件が緩やかな上、重複可能であるから、各コミュニティの人数総和は実際の世界人口を超え爆発的に増えている。
これからもインターネットは、人類の認知が広がるたびに重層的に広がり続けるだろう。
認知こそが電子空間上の大地であり、大地があれば即ちそこには誰かが存在する。未開の大陸は存在しえない。またその大陸は「いつ」「誰が」「何度でも」発見出来る。
これからも、人類は無限の領土へ勢力を拡大していくだろう。
他惑星への移住や、宇宙空間に浮かぶコロニーを建設してもそれは変わらない未来だ。
実際、惑星間ネットワークの構想はディープインパクト計画として進行している。
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