二重整形をした私から、自分の顔が好きになれないあなたへ
単刀直入に言うと、ついこの間二重整形をしました。
一重で悩んでいる人、自分の顔が好きになれない人、自分の顔に自信が持てない人。そんな人に向けて書いています。ほんの少しだけでいいので立ち止まってこのnoteを読んでくれたら嬉しいです。
綺麗ごとを書くつもりはありません。きっとそんなことは聞き飽きていると思うし、求めている答えはそうではないと思うので。一重で生まれて、20年間一重に悩んで生きて、そして1か月前に二重になった私が感じたことをそのままお伝えできればいいなと思っています。
あなたが少しでも楽になれますように。
ひとえのわたし
まずは私の顔について。私は自分の顔が可愛いと思ったことはありません。顔をお見せするのが一番手っ取り早いかなとは思うんですが、それはちょと許してください。いたって普通の顔ぐらいかなと思っているし、世間からの評価もそんなものだと思います。「愛嬌があるね」と言われて生きてきましたが、それは自分の顔に自信がないからこそ、せめて見かけぐらいはいい人であろうと、話しかけやすい人間であろうと、常に笑顔でいようと、そういう努力をしてきたからです。
そして私はそんな自分の顔が嫌いでした。鏡や写真を見てはなんでこんなに自分は可愛くないんだろうと思うことばっかりでした。いつもいつもそうだったわけではないけれど、可愛い友達のそばにいるのがつらくて学校に行くのをやめようかと考えたこともありました。日本社会は残酷で、顔で評価されることばかりです。顔ですべてが決まるわけではないけれど、可愛い方が何かと全てにおいて都合が良いというのは紛れもない事実で、そんな事実が突き付けられる毎日でした。可愛いあの子のほうがたくさん「可愛いね」って言われてるし、男の子から告白される回数多いし、正直妬ましかったし、そんな汚い感情を友達に抱いている自分が嫌いで自己嫌悪に陥って、簡単に口に出すべきことではないのはわかっていますが死にたかったです。
大学に入ってからは、メイクができるようになってより自分の顔を客観視するようになり、もっと自分の顔が整っていないという事実を実感してしんどかったです。顔の黄金比とか調べてみて、「もっと鼻筋が通っていたら」とか、「下顔面が小さければなあ」とか、どうやったらそれをメイクでカバーできるのかずっと研究していました。でも、メイクをするよになって、自分の顔の中で一番嫌いになったのは「一重」の目でした。それまでも一重が好きだったわけではないし、二重に憧れてはいました。でもメイクをするようになって、より一層一重であることがコンプレックスになっていました。
メイク方法やコスメを載せてあるサイトの画像はほとんど二重の目。
美容系YouTuberのメイク動画はほとんどすべてと言っていいほどもともと二重かアイプチで二重を作っている。
一重でも可愛くなれるメイク方法を調べようと思っても芸能人はみんな二重。
最近話題になっている女優やモデル、アイドルに関しては一重の人は皆無。
こんなの暗に「一重は可愛くない」と言われているのと同じでしょう。一重で悩んでいることを言った人達は「一重でも可愛いよ」って言ってくれるし、メイク方法を紹介してあるサイトには「一重ならではのクールな目元」なんて書かれているけれど、結局のところそんなのは綺麗ごとだとしか受け止められませんでした。実際今でもそう思っています。二重至上主義というよりは目が大きい人が可愛いと評価されるため、必然的に目が細く小さく見える一重よりも二重のほうがもてはやされるというのが正しいとは思いますが。
それでも自分の一重は一重ならではの良さがあると信じていたし、仲がいい友達には純粋に私の目が好きだと言ってくれる子もいたし、自分でも自分の目を肯定したいのに、どこを見ても世間の二重至上主義からは逃れられなくて、世間から「可愛い」と評価されない自分の目を好きだとは言えませんでした。
ひとえとトルコ
そんな私の考え方をかえるきっかけになったのは大学1年の春休みに行ったトルコでした。たくさんの刺激があった毎日だけど、一番驚いたのはこの「一重」に対するトルコのみんなの評価でした。
まず、ケバブやトルコアイスを売っている屋台のおじさんを思い出してもらえばわかるように、トルコ人はほとんど100%と言ってもいい確率でみんな二重です。そんなトルコ人にとって私の一重の顔はとても新鮮なようで、どこにいっても何をしても「可愛い!!!」しか言われない毎日でした。ケバブを食べているだけで「可愛い」し、猫と遊んでいるだけで「可愛い」し、お散歩をしているだけでとてつもなく私は「可愛い」んです。信じられますか。みんなお世辞じゃなくて本気で言っているんです。私が住んでいた街は田舎のチャナッカレという街で私以外にほとんど一重の薄い顔の人がいなくて目立っていたというのもありますが、とにかくトルコでの私は可愛かったのです。
あまりにも不思議すぎて「なんでそんなに一重の目が可愛いと思うの?」ってトルコ人の友達に聞いたことがあるんですが、「別にバカにしているとかじゃなくて、その控えめな目がとてもかわいらしいと思うの。私の目って大きくて二重で、主張が激しくて嫌い。だから私はアイラインを引かないの」と。私からしたらその子の目はとても大きくて、顔だちも整っていて可愛い顔だったのに、そんなふうに考えていたなんて微塵も思っていなかったから、とても驚きました。
また、大学で留学生のためのトルコ語のクラスでのこと。私はトルコ語がほとんど話せなかったので英語でコミュニケーションを取っていたのですが、ある日授業が終わって話していたときのこと。急に一人の男の子に言われたんです。あまりにも嬉しかったんで一生忘れないと思います。
"Your eye is beautiful”と。
そんなこと言われたことがないから、なんて返したらいいかわからなくて、つたない英語で「私は自分の目が好きじゃなんだけど、そう言ってもらえてとても嬉しい。ありがとう。」と伝えたんです。
そしたらそれを聞いていたクラスメイト達が「なんで?」ってこっちがびっくりするぐらい驚いていて。
「日本では大きい目の人が人気だから、二重のほうがいいって思われているんだよ」といったことを伝えたら、みんながみんな「それはおかしいよ。ソゴの目は綺麗だよ」って言ってくれたんです。
みんな出身国が違うのに、みんながみんなそう言ってくれるんですよ?こんなに嬉しいことがありますか?
それと同時に気づいたのは、今までの「二重がいい」という価値観はあくまで日本の話だ、ということ。意外と日本の中で生きていたら頭ではわかっていても忘れがちになりますが、今あなたが持っている「可愛い」の基準はあくまで日本での話です。だからといって、一重の日本での評価は変わらないと思います。あなたが悩んでいるという事実も変わらないと思います。でも少しだけ頭の片隅に置いておいてほしいんです。この世界にはあなたの目を美しいと思ってくれる人が数えきれない程いて、これも紛れもない事実なんです。
そしてもう一つ気づいたのが、みんな美しいんだということ。綺麗ごとに聞こえるかもしれないんですが、本当にそう思います。私が仲が良かったのはインドネシア出身の女の子だったんですが、彼女たちはイスラム教を信じているためヒジャブというスカーフで髪を隠していて、日本の女の子みたいにメイクがばちばちというわけでもなくて、リップを塗っているだけでした。男の子たちは、いろんな国の子が仲良くしてくれて、アフリカ出身の子からアラブの出身の子、インドネシア出身の子といろいろでした。だからみんな皮膚の色が違えば、かなり顔の構造も違っているし、文化が違えば美しいと思う髪型やメイク、服装も違う。
その時思ったのが、比べるのが馬鹿らしいということです。日本は島国で、比較的みんな似たような顔をしてますが、それ故に似た者同士比べがちなのだと思います。でも褐色の肌も、黒い肌も、真っ白な肌も、パッチリ二重の目も、アーモンドのような目も。奥ゆかしい一重の目も、すっと通った鼻筋も、ぺちゃっとた低い鼻も、全部等しく愛おしく美しいんです。見た目とか関係ないんです。生きているだけであなたは美しい。だから、あなたがどんな顔だろうと美しいんです。嘘だ、と思うと思います。うまく伝えられない私の表現力不足をとても不甲斐なく感じます。でも本当にそう思ったんです。「人間」という同じ種族なのにこんなに見た目が違っていて、こんなに文化が違っていて、価値観が違っている。日本という小さな国で住んでいると、外国の人と自分の違いは大きいけれど、自分と日本人はそんなに違わないと思ってしまいがちです。でも、そんなことはなくて、相手が誰であろうと自分と他人は全く違う人間です。肌が白くて二重の彼女と私が違うように、髪を隠しているアーモンドアイの彼女と私が違うように、同じだけ私は周りの日本の人たちと、可愛いあの子とは違うんです。だから比べなくていい。今はそう思えないかもしれないけれど、いつかあなたがそう思える瞬間が来ることを願っています。
ふたえとわたし
「じゃあなんでお前は二重になったんだ」ってなりますよね。それには、このコロナ禍が関係しています。
4月から5月にかけて自粛期間が続きましたが、そのときふとアイプチをしてみようと思ったんです。それまでは一重が可愛くないことを認めているみたいで嫌だから、アイプチをするのを避けていました。もちろん二重になりたいと思っていたから、家でアイプチの練習をすることはそれまでにも何度かありましたが、誰かに見せたことはありませんでした。でもコロナで自粛しているときは、友達と遊ぶことはなく、バイト先は休業、大学はオンライン授業、とほとんど知り合いとは会わない生活だったので、せっかくの機会だしアイプチを練習して、あわよくばそのまま二重の癖がついてくれないかなあなんて思い、アイプチを始めました。
その2か月間アイプチをして気づいたことは、アイプチをするとメイクが楽しいということでした。今まで見えないからと諦めて目尻までしか引いていなかったアイラインも全部見えるし、二重幅にカラーシャドウを塗ることができるし、一重のまぶたの脂肪で隠れていた睫毛が見えるしカーブもキープできる、とアイメイクが楽しくなることづくめでした。
でもそれと同時に、アイプチをするのに時間が取られるし、時間をかけたからといってうまくできない日もあるし、ある一定の幅以上は広げられないし、アイプチであるということも見たら気づかれることもあるし、暑くなってきて汗をかくと取れやすくなるし、性能がいい製品は値段がするし、とデメリットもたくさんありました。
そこで思ったんです。これから一重のまま生きていく人生。アイプチでさまざまなデメリットを我慢しながら生きていく人生。お金と世間の目はあるけれど整形して二重になって人生。どれが一番自分が幸せになれるかなと。
隠していても仕方がないと思ったのでいろんな人に意見を聞きました。
「二重のほうが可愛いと思う」
「自分の人生なんだから自己責任で好きにしな」
「可愛くなるために努力しているんだからいいと思う」
「一重のソゴでも二重のソゴでも私にとっては一緒だよ」
「なんでわざわざ二重にするのか本当にわからない。一重のままでいいと思う」
「可愛いのは二重かもだけど、好きなのは一重」
「賛成はするけど、一重の顔にいっぱい思い出があるから寂しい」
本当にいろんな意見がいっぱいあったけど、結局選んだのは整形して二重にすることでした。賛成する意見がほとんどだったのもあるし、ちょうどこんな社会なのでダウンタイムをゆっくり取れるということもありました。
でも、不思議と整形をすることを決めてから、一重も悪くなかったなと思えるようになったんです。一重は一重でばちばちのカラーメイクができて楽しかったし、どちらかというと優しそうな印象を与えることが多かったし。それに手術で一重にすることは難しいけど、二重にすることは簡単なんです。一重と二重両方楽しめた私の人生2度おいしいなとまで思いました。
ふたえのわたし
そんなわけで二重整形を受けることになりました。ちなみに私が受けたのは埋没法です。手術に関しては今のところ細かく書くつもりはないですが、美容院に行く感覚で二重になれます。可愛くなるための投資という点では、高いデパコスを買ったのに近いです。
現在とうとう念願の二重を手に入れた私ですが、憧れの二重ライフを謳歌しまくっています。やばい。超楽しい。
メイクをするたびに二重幅にオレンジシャドウをのせては「可愛い」とご満悦になり、ビューラーでまつげをあげてはまつげのカーブに惚れ惚れする毎日。
会った友達には「可愛くなったね」と言われることが増えて、ハッピー。
写真を撮るときに笑うのが苦手だったけど、二重にしたおかげで目の上のカーブが丸くなって笑顔がより笑っているように見えるという、想定してなかったオプション付きでいいことずくめです。
実際は目の上にしわが一本増えただけなんで、そんなに顔の印象自体は変わってないし、幅も奥二重に近い狭めの幅なので劇的に可愛くなったということはないんですが、自分の顔を「可愛い」とは思えなくても、自分の目は「可愛い」し、自分の顔は前よりも好きになれました。二重にしてよかったなあと思うことしかないです。
でもだからと言って、二重整形やっちゃいなよ!という気はさらさらありません。
実際に二重整形を受けた私だからこそ伝えたいことは、二重整形というのは思ってるよりもかなり身近なんだよってことです。「整形」と聞くと仰々しいイメージがある人も多いと思います。親からもらった顔を変えるのはちょっとっていう人や、さすがに世間の目が気になるという人もいると思います。でも、実際はそんなことはなくて、整形は「最終手段」なんて考える必要はないと思います。大学生が1か月本気でバイトしたらすぐに病院に行ってできるだけのお金が稼げるし、めちゃくちゃ痛いとかもないし、3日あればまだ腫れは残っているけれど全然外に出れる見た目になれます。今の時代、年配の方はわからないけれど、同年代の友達なら賛成してくれる人がほとんどだと思います。埋没法なら、もし気に食わなければ抜糸すれば元の目に戻ることができます。親からもらった顔を変えるなんてって思っている人も、たとえ見た目が変わったとしても、あなたの両親にとってあなたが可愛い子供なことには変わらないんです。一重で悩んでいるあなたへ。思い詰めでください。選択肢がないというのはしんどいです。「二重になろうと思えばいつでもなれるんだ」ってそういう気持ちでいてほしいんです。そしたら、「まあいっか」って思えることも増えると思うから。二重じゃなくても一緒です。金額やリスクは違うかもしれないけれど、その気になればだいたいの顔の気になるところは整形で変えることができます。だから「この顔が嫌いだ」「なんで可愛く生まれなかったんだ」なんて思わないでください。
自分の顔が好きになれないあなたへ
私は神様ではないから、あなたの顔を変えてあげられる力はありません
あなたが自分の顔を好きになれる魔法もかけてあげられません。
でも私が伝えたいのは、どうかたった一つの考えにとらわれないでほしいということ。確かに自分の顔を好きになるのは難しいかもしれない。私も前よりも好きにはなれたけれど、じゃあ本当に大好きかと言われるとそういうわけではありません。でも、少しだけ心に余裕をもってほしいんです。
・世界中にはあなたの顔を可愛いと思ってくれる人が数えきれないほどたくさんいるということ
・いつでもあなたは美しいということ
・顔を変えようと思えばいつでも変えられるということ
「一重も二重も両方可愛いよ」なんて無責任なことをいうつもりはありません。あなたが「可愛い」と思う方が「可愛い」んです。あなたが一重の良さを認めるならば一重が可愛し、日本で可愛いと思われることがあなたにとって可愛いことなら二重が可愛いんです。私にとっての正解があなたにとっての正解だなんてことはあり得ないし、あなたが思う「可愛い」自分で生きてください。ただその時に肩の力を抜いて、あまり思い詰めないで、少し周りを見てほしいです。
いろいろ書いたけれど、自分の顔が100点だなんて思える日は来ないと思います。でも、いろいろ思うことはあるけれど、それでも「まあいっか」って笑えてたらいいと思うんです。私も、「もっと小鼻小さくて鼻筋通らないかな」とか、「目の感覚縮まんないかな」とか、「口大きくならないかな」とか、「歯が白くならないかな」とか、「顔の余白なくならないかな」とか、コンプレックスの塊でしかないです。それでも、心の底から「可愛い」と言ってくれる人がトルコにわんさかいて、私の目を美しいと評価してくれる国があんなにたくさんあって、私の顔は見ていて落ち着くから好きだよって言ってくれる親友がいて、可愛くなったねって褒めてくれる友達がいて、まあ今のところこれでいっかって思えています。あなたにもそんな日が来ますように。
とっても長くなったけれど、ここまで読んでくれてありがとうございました。私の拙い文章で全部言いたいことが伝わったかどうかはわからないけれど、ちょっとでも楽になったなと思える人がいたら嬉しいです。
もし二重整形について聞きたい!って人がいたらコメントでもいいし、TwitterのDMにメッセージでもいいので、いつでも送ってきてください。私がわかる範囲になるけれど、お話しさせてください。
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