中谷晶 / Ru

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【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第1話

あらすじ 依頼人のために喪に服すバイトをしている女子高生、雨宮藤乃は仕事のために訪れた屋敷で、依頼人・知見寺紺洋氏の孫である蘭という女性に「祖父の日記探しを手伝ってくれ」と頼まれる。 蘭は元ヤン丸出しの外見で口調もガラも最悪、生活能力ゼロの子供みたいな女性だった。だが一方で彼女は、紺洋ゆずりの深い叡智と聡明さを併せ持ち、未成年を気遣うまっとうな大人でもあった。 広い知見寺屋敷で日記を探しながら日々を過ごすうち、雨宮はしだいに蘭に惹かれていく。けれど蘭はあくまでも雨宮をただの

    • 【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 最終話

      【最終話 神秘と運命】    通されたのは、板張りの、薄暗い部屋だった。障子越しの淡い外光だけでは光源がとても足りなくて、部屋の隅のほうはよく見えない。  初めて座る紫のどっしりした座布団は、分厚くて座り心地が良く、とても美しい作りをしていた。何人もの人がここに通されたのだろう。多くの人に踏みしめられた床板は黒く艷やかで、しっとりと光を放っている。  すらっ、と正面の障子が開いた。人影が、その奥に座っている。蘭さんだった。おそらくは託宣用の正装なのだろう。見たことのない格好

      • 【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第10話

        【第十話 喪中少女の事情】    ふっ、と意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると、床に投げ出された自分の手が見えた。ゆるゆると握ったり開いたりを繰り返す。動く。無事だ。  横たわったまま眼球だけを動かして、あたりを見回した。見慣れた文机の脚が見える。いつもの地下牢。どうやら今は朝のようだ。白く澄んだ日の光が、静かな空間に満ちている。  手で触れると、こめかみにガーゼが貼ってあった。じん、とにぶい痛みが走る。そういえば床に寝ているのに痛くないな、と思ったら、身体の下には座布団

        • 【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第9話

          【第九話 顛落】    いつもなら静かな知見寺屋敷は、今日ばかりはにぎやかだった。近しい親族や分家の方たちが入り乱れて、語り合いながら法要の時を待っている。ざわざわとした人たちに混じって、私は壁際にぽつんと立っていた。お客さまへのお茶は、さっき出し終わったところだった。  そっ、とお守りを握りしめる。淡紫の守り袋は、まだ少し湿っぽかった。そろりと蘭さんの方を窺う。  蘭さんは、忙しく動き回っていた。あちこちの人と挨拶を交わして、お坊さんが何時に来るとか、お供えの場所がどうと

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        【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第1話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第8話

          【第八話 水ににじむ慕情】    探しものが見つかる気配は全くないまま、四十九日はとうとう明日に迫っていた。  今日の蘭さんは日記の捜索もそこそこに、法要や納骨の準備でばたばたしているらしい。時折聞こえてくる足音は、いつもより少しだけせわしなかった。  私は紺洋さんの寝室にいた。あたりを見回し、ざっと室内の配置を確認する。あちこちに視線を投げ、大事なものを隠すような場所を考えた。  蘭さんと同じく、生前の紺洋さんはほとんどの時間をあの地下牢で過ごしたらしい。寝室はものが少な

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第8話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第7話

          【第七話 メンソールの残滓】    それから、五月はしだいに過ぎていった。知見寺屋敷の捜索は地道に進み、蔵の整理はほとんど終わり、母屋もだいたい探し終わった。それでもなお、紺洋さんの日記は見つからなかった。  進捗のまるで芳しくないまま、もう五月も最終週にさしかかる。途方に暮れた私たちは、とうとう作戦会議をすることになった。  いつもの定位置、あの文机の前に二人で座る。すっかり使い慣れた座布団の上に正座して、私は膝の上に両手をそろえた。蘭さんはといえば、あぐらに腕組みで難し

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第7話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第6話

          【第六話 汚せない遺品】    その日、私は初めて、喪服を着ずに知見寺家の門をくぐった。  放課後に、臨時の補習があったのだ。おかげで、蘭さんに行くと告げた時間を大幅に遅れてしまった。メッセージを送ったものの、いつまで経っても既読すらつかない。  別に機械に弱いなんてことはないけれど、蘭さんはほとんどスマホを見ない人だ。おそらくは、私が遅れるなんて知りもせず、いつもと同じようにあの地下牢で待っているのだろう。そう思うと余計気持ちが焦った。  ようやく知見寺屋敷に辿り着いたと

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第6話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第5話

          【第五話 まだやわらかい思い出について】    五月十三日。紺洋さんが亡くなってから、ちょうどひと月が経った。  私は学校が終わって知見寺屋敷を訪れると、いつものように、作業前に紺洋さんへお参りをすることにした。仏壇の前に座る。ふと、仏壇の様子が少し違うことに気が付いた。  ひと月の区切り、初月忌ということもあって、お供えはいつもよりずいぶん豪華だった。美しい季節の花が供えられ、上品な落雁や色とりどりの金平糖に、琥珀糖、ボンボンなどの入った箱が並んでいる。その隣に、紺洋さん

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第5話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第4話

          【第四話 ぬるい夜空に星見酒】     週末はいつも、早朝から日暮れまで遺品整理だ。紺洋さんの日記はまだ、見つかる気配はない。  それでも進むものは進んでおり、今日はとうとう、蔵の二階が片付いた。  大量の書物を整理して目録を作り、分類ごとに並べ直す。必要があれば修繕予定の本を集めた棚に移す。そうして最後の一冊を棚に戻したころには、気が付けばすっかり日が暮れていた。 「っはー……終わった……」  蘭さんが盛大に息を吐く。まだ二階だけですけどね、という言葉を、今日はさすがに飲

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第4話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第3話

          【第三話 藤色の雨は降って】    紺洋さんの日記は見つからないまま、月をまたいで、ゴールデンウィークになった。  午前の作業が一段落したあと、私たちは気晴らしに散歩に出かけた。なんでも、知見寺屋敷の近所に大きな公園があるのだという。ちょうど藤棚が見頃らしい。  ぺたぺたと、派手なキャラものの健康サンダルをつっかけて蘭さんが笑う。 「せっかくのゴールデンウィークなのに、付き合わせて悪かったな」 「いえ、お給金出てますから」  さらっと言うと、隣からそういうんじゃねえんだけど

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第3話

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第2話

          【第二話 二代目は地下牢】     休日の朝。私はいつものように地下牢への階段を降りた。もう鍵のかかっていない鉄格子を開けて、本棚の合間を抜けていく。  突き当たりの文机、いつもの定位置に蘭さんはいた。やわらかな春の日差しを受けて、金色の髪がきらきら光っている。ずり落としたジャージ、派手な紫のキャミワンピの背中が丸まって、文机の上には大量の本が開きっぱなしになっていた。 「おはようございます、蘭さん」 「んぁ……雨宮か」  くるり、と金髪が振り返る。口元には電子タバコがあっ

          【創作大賞2024 恋愛小説部門】知見寺家の蔵には運命が眠っている 第2話