SAKANA

気が向いた時につける日記のようなもの

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最近の記事

天日干しの記憶の断片

取引先はほとんど一週間ほど休業しているというのに、お盆休みというものにロクに恵まれずに、一日有給休暇を取得した上で三連休を過ごしている。 引きこもる以外に予定がないのだと友人に話すと「よくないよ」と言われ、よくないのか、と思うところまでは良かったものの、結局近所の本屋まで出掛けたきりである。(ちなみにその本屋はショッピングセンターに入っている小さな本屋なので出版社別でなく著者五十音順で並んでいる。私はこの陳列がとても苦手で積む本を買うことさえできなかった。) それでも普段

    • 無音洪水

      私は自分で作った傷跡のピリピリとした痛みを抱えて眠るのが好きだ。その僅かな痛みを子守唄にしていると、呼吸がゆっくり深くなっていき、気がつけば朝まで眠っている。 しかしどうしたことか今日はなぜか痛くない。こんなことははじめてだ。腕から流れるわずかな血の量も、カッターを押し当てる強さも、いつもと変わらない。結局半袖で隠れるギリギリの範囲まで何本も赤い線を作ってもいつものように満足することはできなかった。 刃物を変えるか。もう少し深く、切ってみるか。そう思ったけれどこれ以上エス

      • かくれんぼ

        あかいせん 35度とすこしの平熱 冬用の掛け布団 グラスについた水滴 あとは噛み跡でもあれば完璧な球体

        • 寝返りの気配

          私は眠りが浅い。 雨音はもちろん、ひどい時には隣の部屋のスマートフォンのバイブ音でも目が覚める。 そういうわけで誰かと一緒に眠るのがとても苦手で、目覚めてはこっそり寝返りをうってみたり、水を飲みに立ったりしてしまう。 昨晩、あのひとは眠っているのか起きているのか、目覚めてしまった私の気配を感じると、ひと晩中ずっと指を絡ませ手を繋いだり、腕枕をしたり、私の体を引き寄せて抱きしめたりした。 悪夢で目が覚め過呼吸になった明け方には、動じることもなくまるで子どもを寝かしつけるよ

        天日干しの記憶の断片

          桃は台所で齧り付く

          休日、本を読んで過ごすならどこで読んだって一緒でしょ と、当然のようにあなたが家に招いてくれようとするので、不思議な気持ちになった あなたとは会えることが稀で 私にとって、その寂しさこそがあなたの象徴だった ある時はどちらか、あるいは両方に他の人がいて ある時は単純に距離があった そして一度は私から一方的に終わりにしようとした それでも、いま、あなたは私の生活の近くに存在していて 風邪を引いたと咳をしながら すいかよりスイカバーの方が好きだと言い 桃の一番美味しい食

          桃は台所で齧り付く

          雨の夜

          シガーロスのアルバムがちょうど一周したので、そろそろ眠ろうと電気を落とすと、急に外の雨の音が気になりはじめ、あの雨の夜の事やら雨の降っていなかったあの夜の事などが次々と記憶から引きずり出された。 私が選んだことや捨てたことが頭の中いっぱいに市場のようにゴタゴタと並び、すっかり眠れなくなった私は、新しく買ったシングルベッドの上で、気に入っているのだから君が持っていくといいと譲ってもらったセミダブルの掛け布団を身体にぐるりと巻き付けて小さくなった。 このちぐはぐさを抱えて、も

          食道の住人

          おそらく、自分の中で消化ができて完結した話しか書くことはできない。祖父の時がそうだったように。 私は父について、きっと、父が死ぬまで書くことはできない。 首を締められたことも、殴られた事も、服を脱がされたことも、怒鳴り散らされながら理不尽な謝罪を強要されたことも、意味もわからず泣きながら謝罪をしても何日間も無視をされたことも、数えきれないあらゆることが断片的な出来事として登場することはあっても、その時の情景を思い出すたび、私は恐怖と憎悪で頭の中にもやがかかる。 そして、

          食道の住人

          号泣でもできれば

          号泣でもできれば私の中の澱は流れてゆくのだけど 私はひとりで泣くことができない ベッドの上で小さく丸まってシーツを握りしめて 夜も明け方も、昼過ぎも夕暮れも、 それらの移り変わりをやり過ごすまでじっとしていることしかできない。 号泣さえできれば あるいは。

          号泣でもできれば

          猫からの電話

          好きだ。愛してる。ずっと。恋愛したくないならそれでいい。それは求めない。一緒にいて欲しい。猫がそう言った。 私はそれなら何も言わないでくれよ、と思いながら電話を切り、最近の日課であるストレッチをゆっくりとこなして眠った。

          猫からの電話

          チキチキ・トンプク

          ※自傷の話です。 はじめて腕を切ったのはいつだっただろうか。中学生の頃だったはずだ。きっかけも何もかも思い出せないが、自罰だったことだけは確かだ。 この痛みで許して。そう思っていた。 血の流れる量は少ないほうが良かった。親に血を拭ったティッシュなどが見つかるのが怖かった。カッターの刃の裏側で、手首よりは見つかりにくいであろう二の腕を引っ掻いていた。ピリピリとした痛みと、ミミズ腫れになった腕の凹凸を指先で撫でることで安心を得ていた。痛みを与えてくれたカッターは、出しっぱな

          チキチキ・トンプク

          20231010、下書き供養

          引っ越すときに一番に考えたことは、今住んでいる所から近い事、そして部屋が狭い事であった。 その望み通り、私は徒歩一分の所に12畳のユニットのワンルームいう所に落ち着いた。 下見のつもりで行った不動産屋でそのまま内見をし、一件目で決めた。当時の私は何かを考える余裕も、何件も内見をする体力もなかった。 私の年齢と同じ築年数なだけあって、少し手を入れてあるとは言えあらゆるところに年齢を感じるが、その分家賃も信じられないくらい安く、私が人生を反省するための部屋としてはじゅうぶんであ

          20231010、下書き供養

          祖父

          祖父は病院に入ってから、痴呆がどんどん進んでいった。 初めの頃は名前を呼んで「よう来たなあ。」と言ってくれたのが、だんだん看護師さんと間違う頻度が上がっていって、最後の方はプロポーズまでされた。ありがたい話である。 不思議なのは死んでしまう直前まで父の事はちゃあんと覚えていて、父が見舞いに行くと「おお、来たか。」と必ず言った。父が横に座る私について「娘や。お父ちゃんからしたら孫や。わかる?」と言うと祖父は私の事がわからないことが申し訳ないような居心地の悪そうな顔をするのであ

          ラブレター

          わたしはカテゴライズするならばマゾということになるのだろうけれど、どこか自信がなさげだったり、さみしがりだったり、自分の性癖に対して途方に暮れていたりするSのひとが好きである。 普段は閉じ込めた自分の中にある衝動や欲望。私が触れあってきた人のそれはコンプレックス由来のことが多い。身体的な自信のなさ。性自認の違和感。それらを第三者を制圧や汚染、損傷させたりすることによって埋めようとする人たち。または、単純にそうすることによってしか快楽を得られない人たち。 わたしはそういう人

          ラブレター

          ルーティン

          帰ってきてすぐに米を炊き、洗濯機を回し、それらを待っている間に冷蔵庫でミイラになりそうな順に野菜を五種類程引きずり出してコンソメと塩コショウのみで整えた適当な野菜スープを作る。 米が炊けたら日曜の夜にタッパーに詰め込んだお弁当用の作り置きと冷凍したブロッコリーを適当に詰めて冷蔵庫にしまう。 野菜スープに手をつける前に軽く浴槽を洗い、お湯を張る。平らげて洗い物を終え、洗濯を干し終わるる頃にはちょうどお風呂の準備ができている。 これが最近の帰宅後ルーティンであり、これ以上の効率

          ルーティン

          もしも

          来世生まれ変わるなら人間は勘弁して欲しい とあなたが言うので わたしは 来世、生まれ変わるならあなたの香水になって そのまま揮発してしまいたいなと思いました

          指先のルール

          大切な人に会う時は前日にネイルを塗る。 明日何を着ていこうか考えながら。その服の色に合わせて。 白のニットの中に赤いタートルを着る日なら、赤いネイルでハーフフレンチ。 グレーのシャツにオレンジのスカートの日なら、オレンジの偏光が入ったグレーのショートネイル。 手をあたためてキューティクルリムーバーを垂らし、甘皮処理をして、やすりをかけて、ベースコートを塗る。 爪の側面まで気をつけながらカラーを二度塗りした後、トップコートを塗る。 概ね、二時間。 その後も中まで完全に乾

          指先のルール