午前7時、19度のミネストローネ
平日の朝、夢の残り香をおぼろげに抱いて目覚めることがある。夢の中で愛しいひとと会っていたような気がして、最後に見た微笑みの温度ばかりを覚えているから切ない。
布団から抜け出して服を着替えて顔を洗い、朝食を摂ったらたちまち何もなかった顔をして働きに行かなかればならないんだけど、はっきりとは思い出せない夢の中の出来事がその日一日を嫌なことから守ってくれる気がする。今朝にかけて見た夢の中で、あなたはいつもと同じように口角をゆるりと持ち上げた。
9月下旬の朝はほんの少しだけ肌寒い。最近は薄い布団をかけて寝ないと風邪を引きそうな感じすらあって、いつまでも夏は留まってくれないことを思い出す。夏は少ない体力と見えもしない寿命を確実に奪っていくから好きじゃない。それでも一つの季節が過ぎていくのを実感したとき、もう少しだけここに居てくれていいのにという気分になる。忘れているわけじゃないけどこの国では四季があって、気温に合わせて着るものや食べるものを変えられる文化が根付いているのは素敵なことだなと思う。1ヶ月が過ぎるのはあっという間で、気づいたらいつも月末なんだけど、気づいたら春が夏になっているし夏は秋になろうとしている。たぶんそうやって10年が過ぎて、気づいたら人生も終わるような気がする。
最低気温が19度だった今朝、起きたばかりの何もまわらない頭でミネストローネを作ってあげたいと思った。私は普段料理をほとんどしないから、作り方はインターネットで調べないとわからない。たぶん野菜の下ごしらえに手間取るし、鍋の中をかき混ぜたら溶けたトマトの重さにびっくりもする。こういうとき筋肉が欲しいなとか唐突に考えるんだろう。筋力は一朝一夕じゃついてこない。愛しいひとの心も簡単にはわからない。わからなくてもいいと最近は思う。ふたりは違う生き物のまま互いを愛せたらそれでいい。近頃ようやく愛の意味を見つけた。定義した、ともいう。愛はエゴであるし願いでもある。
愛さえあれば全部救われることなんて絶対にないけど、ぜんぶ救われたいからあたたかいスープを飲む朝があってもいいと思う。スープはどれも好きだけど、無印のミネストローネのおいしさは私がここに保証します。秋になると食べ物のことばかり考えてしまう。パフェのてっぺんに飾られたマスカットがつやつやと輝いていておいしそうだった。たくさんおいしいものを食べたい。キャビネットには胃薬。毎日これを飲んでいる。そんなことは忘れたいからやわらかい毛布と夢にくるまって12時間くらい眠りたい。大好きな曲がぜんぶぜんぶ忘れたいと歌う。ぜんぶ忘れられたら楽だった。