【連載小説】『スピリット地雷ワールド』《第七話》
プロローグ
地雷系。それは、逆鱗に近しいものであるが、いつ何時に怒りが爆発するのか全くわからないという違いがある。
性格、感性、趣味に至ってまで、一般人と比べれば変人と言えるだろう。しかし、その吐出した魅力的な個性が多くの目を惹くこととなる。地雷系が得意とする共依存テクニックは一度心を奪われた人を決して離さなかった。
これがまた厄介で、地雷系が忌み嫌われる理由である。当然だ。なぜなら、周りに迷惑をかけることになんの躊躇がなく、その場でもし地雷系が悲しいと感じれば、その周りはみんな寄り添ってくれないと嫌だ。あくまで自分を悲劇のヒロインのように思っていて、必ず共感していてくれないとさらに、爆発する。
しかし、それは外面を見た表現にすぎない。もし内側に潜むものが彼女を地雷系にしたのなら、一体彼女をどうして変人扱いできるのか。
読者の皆様に知っていただきたい。地雷系誕生の隠された真実に触れ、彼女、いや彼女彼らたちの”病み”の理由を改めて考えて欲しいのだ。私もまた地雷系の一人として、皆様に言葉という形で届けたいと思う。
*人物紹介*
愛音
料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。闇葉の彼氏。
闇葉
いわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。
_________本編_________
第六話 地雷系パースト
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闇葉は高架下を潜り抜け、電車の騒音を後にした。
影を抜けると、白い柵の向こうに平たい一面緑の芝生が広がっている。オレンジのミラーを横目に通り過ぎ、坂を下ってく。
すると一軒の家が見えてくるのだ。11月の秋風が髪の間をそよぐ。闇葉はため息つくと、紺色の屋根、肌白い壁の一軒家を通り過ぎてしまった。そしてさらに下っていくと、上の白い柵から眺めていた永遠と続くような広い芝生にたどり着く。その真ん中で彼女はポツンと居座るのだ。
意外だった。地雷系であろうものがこんなど田舎みたいな場所にいるなんて。もっと、都会の方のブランド店や、カフェでスマホをいじっているように思っていたのだ。
さらに闇葉は、肩にかけていたピンク色のバッグをおろした。メモ帳、シャーペンを取り出し、バッグを締めた。一体これで何をしようというのだろうか。
「秋風が髪を揺らす暮らし 深窓の令嬢と浅い窓の私」
彼女はそう口ずさみながらメモに記録した。メモの表紙には私の詩と書かれていた。
深窓の令嬢とは身分の高い家に生まれ、大切に育てられた女子を意味するが、どうして地雷系の彼女がこんな言葉を知っているのだろうか。ましては、浅い窓とはどういう意味なのだろう。ますます本当に心が病んでいるのか疑ってしまう。イヤ、病んでいるからこそ、自分のダメなところを日記のようなものに書くのだろう。この詩もきっと自分を卑下するような意味を持った詩なのだ。
家にも帰らず、虫がたくさんいそうなこの平原でただ一人ポツンといるなんてあまりにもヘンテコであった。
次の日、そのまた次の日も、来週も、来月も、あの日からもたった1日も欠かすことなく、彼女はこの芝生にやってきた。そうして地雷系は詩を嗜むのだ。一体どうしてこんなことを続けているのだろうか。
日は落ちて、平原は真っ暗になってしまった。気づけばメモ帳の白紙はどこにもなく、闇葉の小指も真っ暗になっていた。
「まだ、まだ帰りたくない」
未だ、彼女の行動の理由がわからない。学校から帰ってきたら、真っ暗になるまでひたすらこの平原で詩を書いて、全く家に帰ろうとしない。だとしたら、家に帰りたくない理由がある。と考えるのが普通であろう。
一体どんな理由があるのだろうか。しかし、どうしても詩を書きたいから家に帰らないだとか、この平原からならインスピレーションをもらえるからだとかとは思えない。なぜか彼女の詩が何か別の何かを訴えかけている。そう思えてならないのだ。
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闇葉は遂に家へ帰る決心をしたのか、片手に握りしめたメモ帳をバッグに戻した。
闇葉の足取りは心なしか、重く感じる。一体家に何があるのだろうか。何が待ち受けているのだろうか。
芝生をぬけ、階段を登り、坂を登り、明かりが灯っている紺色の屋根の家が見えた。
冷えた空気が、耳を赤紫に変色させた。
「ねーん ねーん ころーりーよぉー ねぇーん ねん ころぉりーよー こーのこーのせなーかーにー おっきぃなー まけーなぁい くまのこーまーでー ねーん ねーん ころーりーよー……」
闇葉はそう小さく細い声で歌った。よく聞き慣れた歌だ。しかしここまで鮮明に歌える彼女はなかなかに記憶力がいいと思う。それとも、この歌が好きだったのだろうか。とても大切な思い出があるのだろうか。
闇葉は玄関にたどり着き、扉を開けた。するとすぐに大きな影がこちらに向かってきた。
「ねぇ、闇ぃは?こんな時間にまでどこに行ってぃいたのぉ?」
なんと歪な声だろうか。あまりにも恐ろしく、闇葉の視線は激しく揺れていた。
「ごめんなさい、ママ。少しだけ電車が遅延していたの」
「あら?おかしいぃわねぇ、あなたが帰りに使う電車はぁどこも遅延なんてしていぃないわよぉ?一体、どういうことかぁーしら?」
ガチガチと音がするまで歯が揺れる。闇葉の視線は常にお母さんの足元にあった。
「一体どこ行ってたのよ!」
なんということだろうか。母が子にパチンと平手打ちを入れた。玄関の外から聞こえるほどのはち切れる音だ。
ああ、全て繋がった。そういうわけであったのか。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
情けなく闇葉は謝る。火傷のように熱く痺れた頬を押さえ、かがみ込んでいた。
「あーあー、昔は本当に可愛らしかったのになぁあ!『まま、まぁま』とか『お歌を歌って』『ままの歌がだーいすき』『ままも好きだよ』って……昔の闇葉はそう言ってくれた。アオイ、なのに……今のあなたはまるで私を信用してない。嘘をつけるほど私が嫌いなのねェ……そういうことねェ……よくわかったわ」
「ごめんなさい、お母さん……」
「はい、だめ、もう一回。『ま・ま』でしょ?あれほど失敗してはダメと言ったわよね?私に嘘はつくは、こんな簡単なこともできないわ。あなた本当に私の娘なわけェ?!幼馴染のあの子はできるのになどうしてあなたはできないの?」
そうか、そうだったのか。
闇葉は泣いている。溢れて止まらない。
まず、あの闇葉の詩。
『深窓の令嬢と浅い窓の私』
あれは、深窓の令嬢の逆を表していたのだ。その後に記されていた浅い窓の私と言うのは、“深い”の対義語である“浅い”つまり、not(そうではない)を表していた。
深窓の令嬢は、大切に育てられた。だから、その逆の、
『大切に育てられていない』
と表されるのだ。
この詩は、決して、”自分のダメなところ日記”などではなかった。それどころか、深窓の令嬢と比べて、親の育てかたを非難している。反抗している面影があるのではないか。
次に、家に帰らなかった理由。それはもちろんこの家庭が問題であるだろう。こんな毒親が地雷系、メンヘラの人格を作っていたのだ。
子供は親を選ぶことができない。そう闇葉はまるで報われないではないか。しかも、追い打ちをかけるように。学校や、社会で批判を受け、邪魔者扱いされ、社会不適合者とレッテルを貼られる。家庭で植え付けられたトラウマをその場で何度も掘り返されてしまうのだ。
『だめ。あの子なら。できない。完璧。暴力。信用』
闇葉いつしか、ママを愛せなくなっていた。
大好きなママから暴力を振るわれる。闇葉は信じていた、ママは闇葉のことが好きだってことを。でも暴力を振るわれた。つまり嫌いだということ?しかし、ママの言葉に闇葉は思う。
「私が悪いの?」
「失敗したから?」
「ママの逆鱗に触れたからいけないの?
完璧を強要される。闇葉は失敗したことがなかった。失敗はダメだ。あっちゃいけないことだ。失敗した。失敗した。失敗した。
『私は失敗した』そんな自己暗示に似た呪文を唱え、自分の存在価値まで否定する。
あの子ならできたのに。
「勉強もあなたは何一つダメ」
と言われる。闇葉は思う。
「ダメな娘だった」
でも確かに頑張った。必死に決死の覚悟で努力した。血と涙が滲むほどたくさん鉛筆を握った。頑張ったのに、認めてもらえない。
「努力する意味って何?」
「人を思うことは間違っているの?思い遣ってはだめなの?」
「ママの名前ははやみ。祖母からつけられていたあだ名は病葉。私の名前はそこから名付けられた。
ママもこうやって育てられてきた。ママの母、おばあちゃんは、戦争を生き抜いたけど、ろくに勉強をすることもできず、自分の想いが別の人にあったとしても、好きでもないおじいちゃんと結婚した。
みんな最悪な親の元で生まれたんだ。そこに誰が悪かったのかはない。だから私はどうしたらいいのかわからない。運が悪かった。でも本当にそうなのかな。もしただの不幸なら、こんなのあんまりだよ。理不尽だ。残酷だ。誰だよ、誰のせいなんだよ。お願いだから、誰か助けてよ」
こんなのはあんまりだ。メンヘラはどんな社会交流であっても、被害者ではなく加害者に仕立て上げられてしまう。確かに、誰が悪いと言うわけではないのだ。そうなのだが……。
一点に希望の光が――。
「ごめん……ありがとう」
彼の声が心の奥底から聞こえた。
「闇葉、お前は社会に出ていけない」
「……」
「違う」
この声は、そう、闇葉の彼氏であり、彼女が人生のどん底に落ちているタイミングで別れを告げようとした男。愛音の声である。
「は?何が違う?お前だってそう思っているのだろう?それとも俺たちが悪いのか?俺たちも被害者だ、悪くないだろう?」
「確かに、確かにその通りだ、闇葉にレッテルを貼る人も、闇葉のお母さんも悪いとは言えない。
……でもッ!どうしてだよ!どうして、人を知ろうとしない?お前たちは上部だけしか見えてない。どうして、あの病み女を知ろうとしない!どうして、闇葉の過去を知りもしなかったくせに、そんなこと言えるんだ!何も知らないくせに!
……俺も最初こそアイツのこと知らなかったんだ。最低だろ?闇葉が人生のどん底に落ちていた時に、意図して振ってやろうと思ったんだ。でも、僕は彼女の裏の1ピースを見つけることが出来たんだ。だから知ろうとして、知ろうとして、諦めなかった!
みんな被害者だ、そうだその通りだよ。でもな、相手を知ろうとしなくなって、怠惰になって諦めちまったら、お前が闇葉を人として見てないってことだ!
こんな当たり前なことも、僕らはわからないんだァ、ただ、相手を知るだけなんだ、知ろうとすればいいんだ。
『その人がそうである』と自分の頭の中だけで決めつけんな!
その人の知らない横顔、知らない一面があるんだよ。自分にとって意外な相手の一面を知って初めて、自分の言葉に後悔してるぐらいじゃ、もう遅いんだよォ!もう言っちゃったら、その言葉は一生残るんだよ。性格を変えるほど、人生を狂わせるほど、呪いのように剥がれないんだ。
俺はもう諦めない。知りたいんだ。
そのためならなんだってするさ、僕がもし、同じ人生を歩み、同じようにお前らからレッテルを貼られたら、僕だって地雷系になってたんだ。メンヘラになっていた。誰でも、誰であっても闇葉になっていた。だから、だから……アイツをただの変人だったで終わらせないでくれ」
次回 最終話 明後日 投稿
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