遺言は直球、民事信託は変化球
1, 未来を託す選択肢
自分が安心できる将来を作る場合は、任意後見契約を中心に、遺言、民事信託、見守り契約、身体看護契約、負担付き契約、死後事務委任契約などを組み合わせていくのがお勧めです。
2. 遺言と民事信託のイメージ
このうちの「遺言」と「民事信託」との違いは、遺言が直球なら、民事信託はカーブやスライダーなどの変化球だと考えていただくと、イメージとして分かりやすいと思います。
法的に分類すると、民事信託は契約ですが、遺言は一方的な意思表示であって契約ではないという違いがあります。
遺言については、自筆証書、公正証書遺言があり、どう言う内容を書くかはご存知の方も多いと思います。そこで、今回は、財産管理、遺言財産の指定、事業承継にも使える民事信託について、少し詳しくお伝えしていきます。
3. 民事信託の種類と商事信託との違い
最近、名前がよく出てくる家族信託も民事信託の一つです。「民事」の部分を別の単語を持ってくることでわかりやすいためか、近年、家族信託、ペット信託、美術品信託、事業承継信託などの名前で呼ばれています。
ちなみに、「信託」には、「民事信託」と「商事信託」があり、商事信託は、信託銀行や銀行の様に信託を業として扱う業種が行うものです。したがって、内容の自由度はなく、信託銀行の取り決めた月々の経費や諸費用や内容に縛られます。
一方、民事信託は民VS民のものですので契約自由の原則が生かされ、内容を契約者ごとに交渉していくことが可能です。例えば、賃貸マンションだと、今は各部屋にエアコン設置がひ必須で、入居者が変わったりエアコンが壊れると商事信託だとオーナーの支払いになっていますが、民事信託ではオーナーは払わないで済む契約ができるといった具合です。
4. 遺言の特徴と民事信託との違い
さて、「遺言」と「民事信託」の違いとしては、例えば、相続人が子供ABとした場合、「遺言」は、長男Aだけに不動産を相続させると決めたら、Aの次の相続人を指定することはできません。もちろん、Aが亡くなったらAの子供、Aの孫と代襲相続されますが、まずはAに対してしか遺言の効力はありません。(※次男Bの遺留分の話は省略します)
また、せっかく遺言を作っても、相続人全員が「遺言と違うわけ方をしよう」と納得したら、遺言通りには分配しないことになります。これは、遺言が契約ではなく一方的な意思表示であるため、相手方を縛らないことに起因します。
5. 民事信託の特徴
ところが、「信託」は、(1)受益者である長男Aの次は、第2受益者として次男Bの子供(本人からしたら孫になります)のうち次女のCに、Bの次女Cの次は、第3受益者として長男Aの障害を抱える孫D(本人にとってはひ孫)と言う具合に、3世代先以上の受益者まで指定できます。
また、(2)認知症が不安なので、自宅を賃貸して入居施設利用料に充てると言う場合、本人を委託者兼受益者、長女を受託者兼帰属権利者とすることで、賃貸不動産の所有権は長女に移り、賃貸料は受益者本人が受け取ると言うことが可能になります。これだと、本人が認知症になっても、財産管理は長女がしてくれるので安全です。
この様に、信託は、AとBが契約して利益はCに渡したり、所有権はBに渡るのに、所有物から出る利益はAのままにしたり、渡す順位まで指定したりできるのです。
さらに、(3)障害を抱えた子供に、預金額から毎月一定金額のみを使える様にする、といった使い方も可能です。これは、事業承継で、少しずつ株式を渡していくというときに使われる方法と同じ様な使われ方です。
そして、(4)対象となる財産も、預貯金・不動産・債権・株式・議決権・経営権・家賃・ペット・美術品・工芸品・骨董・クラシックカーなど様々です。
もっとも、ペットの場合は、同じく信託という名前を使いますが、負担付き贈与や飼育契約に近いものになります。
また、事業承継にも信託が使えるという話は、以前、「事業承継を信託でする方法」でお話ししました。
また、(5)信託は契約ですので、契約を解除することができます。相手方が信用できないと思ったら、別の人と契約したり、双方が納得すれば、内容を変更することも可能です。
6. 民事信託に関する判決
信託は内容の自由度が高いため、かつては、一部の士業によって、信託契約が遺留分を潜脱するために使われたこともありました。
しかし、平成30年には東京地裁判決で、各種遺留分潜脱を理由に、家族信託の一部が無効とされる判決が出たこともあり、現在はその様な使われ方には慎重になっていると思われます。思われます、というのは、判決の基礎となる事実が異なる事案では同じ判決になるとは限らないし、最高裁判決でもない為、そう言うことをする人がいるかどうかはわからないためです。
7. まとめ
信託は、水戸黄門の印籠の様に万能とは言い切れませんし、それぞれの家の相続人の人数や関係性、相続財産、事業をしているかどうかなどによっても、遺言と負担付き任意契約でいく方が良い等、と判断する場合もあります。しかし、障害のある子供を抱えている場合や、財産管理対策としては、大事な選択肢の一つです。
©️2023 ようてんとなーたん