アート合宿(終えて)
一点の曇りもなく充実した、いい時間だった。が、その言葉を純度100で出せない何とも言えない。
謎がある。
合宿はじまってからすぐ身体の異常に気付いて、合宿の最中はふわふわしながらもあえて問いはせずそのままにしておいて、帰りに、違和感の在り処が分かった。最寄り駅に着いて、それはハッキリした。私だと思ってたものが私じゃない(無くなってる)と。
何か、ずっと身体と心が乖離?分離?してて、合宿はじまってから、それが静かに進んでいったように思う。私が私じゃない、ふと見下ろした私が誰なのか分からない、見知らぬ人に思えた。これまで違和感なく自分だったのに。
気付いたら幽体離脱の弱版みたいに合宿中は自分のことを他人のように見下ろしてて、身体の調子や姿はいつも通りなんだけど、当人は何ともないふわふわした中にいました。
なんか、心と身体という器がしっくり来てない。。今一番苦しい時なんだと思うけど、マズイな動かなきゃなと思った。このチグハグ、私にとってすごく大事なサインだと思うし、ほっとくと長引いて健康を損ねる気がする。
こうなったことに"なんで"は全く今無意味なんだと思う。今は通過待ちをして、しっかりその体験を蓄えて、えいやっと動き出す(心に従う)のが一番最善に思う。
合宿の"成功"はこれだったかと知りました。
最初はただのふわふわだったけど、見つめてみたら結構デカい体験で、知って今の感じは腹ん中に嬉しさ、心には迷彩柄のような歪なもの、気持ち悪いが若干あります。
受け入れてしっかりと向き合い、私が向かう気持ちのあるもの、型に合うものを探してみようと思います。
描いている時間は、生が身体を通り抜けていく感覚がした。こういう、生きているっていう時間を増やしたいなぁ。
変な感じだから、非難したりいいって思ったり色んな考えが今湧くけど、これがやりたかった身体を筒に、ってことなのかな?と思った。身体が燃えてる感じがした。決してからっぽじゃない。筒になるって空っぽだと思った。けど、やったら違った。発見だった。
ちょっと予想してないなぁこうなるかぁ。
合宿中、描いたものはこちらです。
ぽろっと自然に、身体からこぼれ落ちるように出来ました。描いたものを見ても何にも思わなくて、何も浮かばなくて、逆に気持ち悪さです。何か思うやろ。無関心なのかな、何とも言えない感じだけがすごく変でした。
過ごした時間感覚をあえて言葉にしてみると、こうなります。
私は魂の讃美歌を歌いながら、淡々と描いていて、それが死に向かう事にも繋がっていると知っていて。時間には静かに沸騰する生の歓びみたいなものが滲み出ていて、触れている。永遠に触れるみたいな時間だった。
もしかしたら死に向かうってネガティブな印象を持つかもしれないけど、そういうことではなくて。死ぬことは生の達成だと思うから、通過するもの。生と隣り合わせで、怖がるものでは無いと思う。
今体験を振り返っていて思ったけど、2月の死に触れた(生をはじめて知った)体験とこのチグハグな状態がとても似ているものがある気がする。
何となく体験をポジティブに見ています。人って、強く生に触れる時は泣くのでしょうか。泣くしかないというと変な表現になるかもしれないが、表現すると、万人そうなるような気がしてる。しくしくとかじゃない、咽び泣く的な。
ふとした拍子にガチな怖さも湧いてくるのがまだまだだなと感じたりするのですが、大丈夫なので、通過を待ちます。
ふわふわした状態を含めて、そのまんま絵に描き切ったとは思います。それが何なのかは知らないけれど。
さて、頑張って言葉にしてみました。
前はただただ恐怖で泣いたり叫んだりしたけど、今回は軽い吐き気で済み、身に付いた忍耐力に感心します。
生まれるってこんなにすごいこと。
熱海の自然は綺麗でした。山を下って登ったのもすごくいい思い出になりました。濃い時間だったなぁ。
宿も素晴らしかったです。メンバーにも恵まれ、感謝。
ありがとうございました!
非の打ち所のないほど「やり切った。」と自分自身に満足です。いや〜、とてもいい感じに真剣につかれました。
明日一日は自分に思いっきり休みをあげたいと思います。