私は要らないオタクだ
最近、推しのファンである自分の存在価値を考える。
考えても考えても自分に価値があるとは思えなくてつらくなる。
これは私のせいなのだが、数年前とは環境が大きく変わって2次元のオタクをやっていた頃のように推しに何十万、何百万も落とせるわけではなくなってしまった。
ファンクラブやメンバーシップには加入しているが、いつもさやかなお賽銭ほどのお金しか落とせないし、最近好きになったド新規で推しと過ごした時間が短いし、推しにデレデレしている自分が気持ち悪い。
これ以上嫌われたくなくて、可愛い言葉も推しが喜ぶような言葉も同担のようにうまく伝えられない。
まあでも言葉ではなんとでも言えるし、お互い気休め程度にしかならないから、私はお金以外に確実に好きを伝える方法がわからない。
なのに肝心のお金も満足に落とせない、と抜け出せない負のループだ。
こんなオタク、いなくてもいい。
推しにとって私のようなオタクは腐るほどいる。
私じゃなくてもいいし、私がいなくなっても推しは痛くも痒くもなくて何一つ困ることなく、この先死ぬまで一生私のことなんて思い出しもしないだろう。
活動初期から応援してくれている最古参だとか、毎配信高額投げ銭をする財力オタクだとか、推しが喜ぶ言葉や体調を気遣う言葉を可愛らしく上手に伝えて推しの承認欲求を満たしてあげられるオタクだとか、間違いなく推しの支えになっているような子はきっと推しにとって必要で大切なオタクだ。
なのに私は、何一つできていない。
金銭的にも精神的にも推しを支えてあげられたり、モチベになってあげられたりすることさえできず、何も還元できない無力な人間なのだ。
せめて、推しがしてほしいと言ったことは積極的にするようにしたし、推しがやめてほしいと言ったことは絶対にしないように気をつけた。
でもそれは推し活の中で極めて当たり前のことであり、何かがプラスに働くわけではない。
いくら推しが求めることをしたところで、0は0のままなのだ。
最近は配信に行っても孤独感や疎外感に苛まれることが増えた。
私以外のリスナーがキラキラ輝いて見えてしまう。
全員に向けて言ってくれた「好きだよ」という甘い言葉の行き先に、私は含まれていないのではないかと寂しくなる。
リスナーに守ってほしいルールを話す時、嫌いな私だけに向けて話しているのではないかと怖くなる。
気持ち悪い私のコメントだけ視界に入れないようにしているんじゃないかと悲しくなる。
推しは私のことが嫌いで早くいなくなってほしくて、だけど私以外のみんなのことは大切なんじゃないかと被害妄想が止まらない。
そして、こんなことしか考えられない私は大好きな推しを冒涜しているのと同じだ。
推しの努力や頑張り、気遣い、ファンに対する愛情、その全てを踏みにじっている。
全部頭ではわかっているのに心が追いつかない。
もちろん絶対に口にはしないが、私も承認欲求が強いからその他大勢になんてなりたくないし、私じゃなくても良いなんて実感したくない。
人間誰でも好意を寄せている人の "特別" になってみたいものだ。
だからいっそのこと「お前はいらないオタクだ」「お前が嫌いだ」と推しに言われれば、好きでいることをやめられる。
大好きな推しのことを想えば、私は喜んで推しの前から消えるのに。
つらつらと述べたこれら全ては、己の自己肯定感の低さからくる私の被害妄想で、推しには一切非がない事を明記しておく。
推しがどんなファンを大切に思うかとか、私のことを嫌っているかとかそんなこと知ったこっちゃない。
誠実な推しのことだからきっと私のことだって周りのファンと同じように大切に思ってくれていると思うが、私は大切にされる価値もないと思っているからこんな捻くれた考え方しかできない。
悔しい。
誰か推し活の正解を教えてくれよ。
それか、私は要らないオタクだなんて悲しいこと考えられなくなるくらい夢中にさせてくれ。
推しにとって、なくてはならない存在としてずっと一緒にいたいなぁ。