いつか

いつか忘れてしまうこと

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  • ひとり散策

    オールドレンズカメラを持って散策した日のことを綴ります。

最近の記事

秋めく、神楽坂へ

金木犀の香りがひんやりとした空気に溶ける十月中旬、ひとり神楽坂を散策した。 ・Aux Merveilleux de Fred 駅に到着してすぐ向かったのは、神楽坂に来たら必ず訪れようと決めていたカフェ、Aux Merveilleux de Fred。パリの街角を思わせる店構えに心惹かれる。 店に入ってすぐ、目に飛び込む広々としたショーケースには見慣れない菓子が整然と並べられていた。奥にある螺旋階段を登って二階のカフェスペースへ向かうと、目を見張るほど大きなシャンデリアが

    • 夏の終わり、池袋へ

      眩暈がするほどの暑さが和らいだ八月の下旬、ひとり池袋を巡った。 ・タカセ洋菓子 喫茶室 レトロな外観に魅了される、大正九年創業の老舗ベーカリー、タカセ洋菓子。 この建物の上階には、同じくタカセ洋菓子が展開する喫茶、レストラン、コーヒーラウンジがあり、今回は二階にある喫茶室へと向かった。 一階に飾られている昔ながらのショーケースに心を揺さぶられながら、奥にあるエレベーターへ。 二階にある喫茶室の店内は、ノスタルジックな雰囲気が漂っていた。低く唸る冷蔵庫の稼働音と、たのし

      • 彩り豊かな、西荻窪へ

        まばゆい陽射し溢れる七月中旬、ゆるりと西荻窪を散策しました。 ・yuè 西荻窪駅からなだらかな道を歩いた先にある、”旬のお野菜とスパイスとハーブのお店” yuèへ。 古びた木のドアを開けると、あたたかな温もりを感じられるカウンター席が続いていて、その上には瓶に詰められたスパイスがずらりと並んでいる。 くつろげる空間にするため、会話は控えめに、入店は二名までと決められた店内は、静けさが漂っていて喧騒を忘れられる。心地よい空間に溶け込むように、調理の小気味いい音と穏やかな

        • 雨の降る、神保町へ

          雨の日が続く梅雨の時期、なぜだか無性に神保町に行きたくなり、ひとり本の街へ向かった。 ・DILL COFFEE PARLOR ひとが行き交うせわしない早朝、小川町から神保町へ向かう途中にあるDILL COFFEE PARLORへ。今年の三月にオープンしたばかりというこのカフェ、SNSで偶然見つけた写真に惹かれてしまった… 200年前のインドの木材を使用したという大きな扉を抜けた先には、ミッドセンチュリーモダンの広々とした空間が広がる。 入り口付近にあるショーケースには

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        • ひとり散策
          7本

        記事

          レトロな洋館巡りと港町

          新緑のきらめく五月の中旬、横浜へ出掛けました。かつて開港の地として西洋文化の影響を受けた異国情緒溢れる街、その魅力を堪能したいという思いを抱いて。 ・馬車道十番館 石造りの歴史を感じる建物が残る馬車道商店街、慣れない街に迷いながら道を一本入ると、レンガ張りの西洋風な建物、馬車道十番館に辿り着いた。 馬車道十番館は喫茶店とバーを併設したフレンチレストランで、建物は文明開化頃の洋館を再現しているそう。 当時、海沿いに建てられた外国の商館には番号が付けていたそうで、”十番館

          レトロな洋館巡りと港町

          桜の咲く頃、中目黒・代官山へ

          目黒川の桜を眺めに、ひとり中目黒・代官山を散策しました。 中目黒には桜が咲くこの時期に毎年のように訪れているけれど、周辺の施設にはほぼ立ち寄ったことがなかったので、この日を愉しみにしていた。 ・ONIBUS COFFEE まずは珈琲を飲みにONIBUS COFFEEへ。 お花見シーズンということもあり、早朝だというのにすでに行列ができていた。 “ONIBUS”とはポルトガル語で「公共バス」、語源としては「万人の為に」という意味を持つ言葉だそう。性別や国籍、さまざまな

          桜の咲く頃、中目黒・代官山へ

          心の居場所、清澄白河へ

          冬が溶け、うららかな陽に溢れる三月の終わり、ひとり清澄白河を散策した日のことを綴ります。 清澄白河というと、穏やかでゆっくりとした時間が流れる下町という印象が強い。 私がここを訪れるのは美術館へ行くときだけだけれど、そのたびに都会の喧騒から離れた心地のよい長閑さを肌で感じていた。 ・iki ESPRESSO まずはiki ESPRESSOへ。 建物の入り口は開放的で、たっぷりとした春の日差しに溢れていた。 気軽に立ち寄れて、人々の交流の場になるような、生活に根付いた

          心の居場所、清澄白河へ

          繋がれた命

          一月一日、世界中の人々が新年の訪れを祝福するその日を迎えてすぐ、祖母が亡くなった。 よく晴れた朝、寝ぼけ眼でスマートフォンの画面をタップすると、母からの「呼吸が止まりました」というメッセージ。 秋の終わり頃から祖母は「年を越せるかわからない」と医師から伝えられていたから、そこまで驚くことはなかったけれど、ついにそのときが来てしまったのだと、私はまだぼうっとした頭で液晶画面を見つめながら、静かに事実を受け止めた。 葬儀はすぐさま身内だけで行うことになった。 もうかれこれ七年

          繋がれた命

          すきな人、残暑、それから花火

          すきな人ができた。一目惚れのような情熱はないけれど、ひたむきに努力している姿をそっと見守っていたくなるような、支えたくなるような、そんな人。 会うたび何かと声を掛けられて、出会った頃は鬱陶しく感じていたのに、気付いたときにはその声が、私の生活にすっと違和感なく馴染んでいた。 今となっては遠い夏の日に特別なひとときをくれた、懐かしい人のことを綴ろうと思う。 初めて誘われたデートの日は、まぶしく晴れていた。残暑だというのにじりじりと容赦なく陽射しが降り注いでいて、屋外にいる

          すきな人、残暑、それから花火

          私を形づくった夏の一日

          今の私を形づくったと、そう確信できる一日がある。知識が十分になく、関心も定まっていない、まっさらで空っぽだった私の輪郭を、くっきりと描いていく契機となった一日が。 ふと何かの拍子に、清らかな風鈴の音とともに、淡く遠い夏の記憶が鮮明に蘇った。 すべての発端はSNSだった。当時、思いがけず急接近した友人と過ごす日々に心を弾ませ、多幸に浸っていた私の頭の中には、なぜか止めどなく言葉が溢れていた。ただ単純に楽しいとか、うれしいといった言葉では表現しきれない感情に絶えず心を支配され

          私を形づくった夏の一日

          誰にも届かない「好き」を抱えて

          あの頃に戻りたいと、きっと誰しも願う瞬間があるだろう。私にも、戻りたい過去がある。 もし願いが叶うなら、少し前に付き合っていた恋人の家で過ごした、やさしく流れていく甘やかな時間に戻りたい。ふと余白の時間が訪れたとき、まざまざと2年前の冬の出来事が浮かび上がってくる。 小さなワンルームだった。 線路沿いにある、何十年も前に建てられたアパートで、壁は薄く、窓にはうっすらとひびが入っている。すぐ近くを電車が走るたびに、ガタガタと床が揺れた。 隣に住んでいる女の子の声や、蛇口を

          誰にも届かない「好き」を抱えて

          私たちは前に進むことしかできない

          冬の淡い光に包まれて、最寄りの駅へと向かう。私と同じように、それぞれの目的地に向かっていく人々、凄まじい勢いで走り去っていく電車の轟音、雲ひとつない透き通った寒空、今日も新しい朝が始まろうとしている。私の中で止まっていた時間が、ゆるやかに動き出す。 数日前、大切な人を失った。悲しくて、寂しくて、沈んでいたのに、外はこんなにも明るくて、あたたかくて、やさしい。 まばゆい陽の光に照らされていたら、思い悩んでいたことなんて忘れてしまいそうなくらい、すっきりと心の靄が晴れていくよう

          私たちは前に進むことしかできない

          彼女

          少し前、私には彼女と呼んでいる大切な人がいた。 にぎやかな雑踏の中でも、胸にまっすぐ届く凛とした声と、太陽のように眩しい、屈託のない笑顔、彼女は私のよどんだ世界を一瞬で変えてくれた。もう二度とあの頃には戻れないけれど、彼女と過ごしたかけがえのない日々のことは、今も変わらず私の中で光り続けている。 彼女と出会ったのは、とある教室だった。転学したばかりの頃、学内に知り合いが一人もいないために、どの顔を見ても等しく女子大生と見ていた私にも、彼女の存在はひときわ目立って見えた。紺

          うつくしい人

          生きていて何度も思うことだけれど、うつくしい人って、自分の信念を捻じ曲げることなく、したたかに貫いている人のことだと思う。 自信を持って堂々と、凛々しく振る舞い、どういう行動を取れば自分が幸せになれるかを知っている。人の評価に振り回されるのではなく、心の中にある磨き上げた尺度で物事を見ている。そういう人は華美で高価なものを全身に纏う人よりも、ずっと眩しくてうつくしい。 私の周りに、生き方がうつくしいなと思う人がいる。 その人と知り合ったばかりの頃に感じたのは「変なやつだ

          うつくしい人

          誕生日

          歳を重ねるって呆気ないな。あれだけ注意深く今日のことを意識していたのに、時間は瞬く間に過ぎてしまって、何の実感もない。何か違うものに気を取られて、はっと気付いたときには床に落としてしまっていたボールペンみたいに、この一日は出し抜けに目の前に現れた。毎年のようにそう思っている気がするけれど、今年は格別にそんな感じがする。 消し忘れたベッドサイドのランプがほんのりと照らす暗い部屋の中で、一人取り残されたようにスマートフォンに淡々と言葉を打ち込んでいる。自分以外のすべてのものが息

          季節は春に移り変わろうとしている。荒れた天気を繰り返しながら少しずつ気温が上がり、ふとした瞬間に沈丁花の甘い香りが鼻孔を擽る。 あれだけ反芻していた恋人との記憶は、隅々まで鮮明な彩度で浮かび上がったあの時間は、今は霞がかったようにぼやけてよく思い出せない。楽しかったんだろうなと思いを馳せると苦さばかりが際立って、すぐに掻き消されてしまうようになった。 私はどんな無邪気さで、純粋さで、恋人に笑いかけていたんだろう。何も飾ることなく、素でいられたんだろうか。今はそれすらも曖昧