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#01_目は口ほどにものをいう

九か月前、彼女は連日降り続く雨の中、駅までの道を一人歩いていた。一年遅れで入った大学で、彼女は気後れしていた。入学から三か月が経った今も、友達と呼べるのは同じく一浪して入学した二人しかいなかった。

雨の日が涼しいというには、すでに夏に近づきすぎていて、湿気にあてられて背中に汗が伝うのを感じた。乗り込んだ電車の中は、会社や学校に向かう人で溢れかえっている。無機質な冷風が、まだエアコンに慣れていない人たちの肌を容赦なく冷やす。風にあおられて、乗客一人一人の感情が車両の中に充満しているようで、彼女は呼吸が浅くなるのを感じた。昨夜のアルバイトで、聞かれた質問に上手く言葉が出てこなかったときの瞬間が、三コマ打ちのアニメーションのようにパラパラと彼女の脳裏に浮かんだ。彼女の指先は更に冷えて、頭の中の映像を消し去るかのように、鞄からレポート課題用のプリントを取り出した。レポートに繋がる欠片を見落としてはいないかと、彼女は目を走らせた。真剣だったその眼差しも、十数分ほど電車に揺られれば弱くなり、座席に着いてからは更に弱まり、いつの間にか彼女の瞼は閉じられていた。

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日常に懸想する

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