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004. むすんで、ひらいて
忘れかけのnoteを久々に書いてみるの巻。
今年も無事にうえろくカメラさん主催のうえろく展が終了しました。
足を運んでくださった方も、気にかけてくださった方も、改めてありがとうございました。
![](https://assets.st-note.com/img/1726754132-xzJG7TA4qN1ofPMZXW0SRphr.jpg?width=1200)
固めておいてくれたの嬉しかったんだ〜
今年のうえろく展は、元々全然違う写真を出すつもりで、準備を進めてて。
いつもギリギリを生きてるわたしにはめずらしく、色見本まで着々と進んでたんだけど、そこでふっと立ち止まってしまった。
なんかこう、しっくりこないというか、迷いが出てきたというか。伝えたいことは、ぼんやり頭の中にあるんだけど、それが上手くイメージとして掴めなくて、実際に撮ったものとは乖離してる感じ。この説明が既にぼんやりしてるな〜
ただ、やっぱり作品という形に残すからには意味のあるものにしたかったし、そこには自分なりの意図も込めたかった。
で、ぐるぐる考えてるうちに日も近くなってきてだいぶ焦ってた頃。(たぶんこれが通常営業)
試験のご褒美に取っておいた大好きなバンドの新曲を聞いて、これやん!ってなったんよね。
欠点も穢れもないままなんてあり得ない
いつも試合に勝てるわけじゃない
生きてると、綺麗なだけじゃない部分もいっぱいあって。どこに向かえばいいか分からなくて、苦しくなったりもするんだけど。
それでもやっぱり、わたしはわたしの思うようにしか生きられなくて。
最期の瞬間まで、頬に当たる風の感触みたいなものを追いかけていたいし、心だけは自由でいたいんだ。
って思って、そこからの行動は早かった。
風船を買って、日の出の時間を調べて、夜明けの海まで車を走らせること6時間。
結果的に、夜明けでも海の写真でもなかったけど、手を離せば飛んでいってしまう儚さだったり、どこへ行くのか分からない自由さみたいなものは表現できたのかな、どうなのかな。
今思い返しても、なかなかに射手座みを感じる瞬間だったことは確か。
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いつか読んだ本の言葉で、
生まれてくる赤ちゃんが、ギュッと握りしめてる、その手の中には自分自身の人生があって。
そうしてこの世に生まれてきて、握った手を開いた時、散らばっていった人生を掴もうと生きていくんだって。
っていうのがあって、それがずっと頭の中に残っていて。
何事も、始まりがあれば終わりがある。
人生の終わりに向かっていく時、わたしは何を思って、どう過ごすのか。
生きた証として、どれだけのものを残していけるのか。
今年はお父さんの七回忌があったり、おばあちゃんが亡くなったり、近いうちに甥っ子か姪っ子が増える予定だったりで、必然的に「生と死」に向き合う時間が多くて。
そういう意味でも、「生き方」だったり、「喪失と再生」みたいなところに光を当てたいと思ったのかもしれない。
ladybirdは、同題の映画もあるけど、てんとう虫の意味もあるらしく。
赤くて飛んでいくもの→赤い風船っていう安直な発想に至りました。いぇい。
最後の最後まで書けなかったキャプションがライブの翌朝起きたら、スルスルと書き上がったのはなんでなんだろう。やる気の問題??
コメントでも、キャプションのこと書いてくれてる人多くて嬉しかった〜!ありがとう☺️
結局のところ、わたしはギリギリを生きるのが好きなのかもしれない、なんて。
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![](https://assets.st-note.com/img/1726754573-WMFL4npoBSAO1rKExU6QC2i5.jpg?width=1200)
むすんだ手をひらいたとき、人生がはじまる
終わりに向かって進むたび
手に入るもの、その手からこぼれ落ちていくもの
いつか、わたしの心臓が鼓動を止めるとき
最後にこの手の中に残るものは、