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宮沢賢治への手紙
春と修羅は、わたしの心にそっとよりそってくれる。
夕焼けがきれいでさみしいとき、真夜中にひとりでしずかなとき
わたしはこの詩を読まずにはいられない。
わたくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せわしくせわしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失われ)
そうだった。
わたしはみんなのなかに存在するひとつの現象に過ぎなかった。
これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがえましょうが
それらも畢竟こころのひとつの風物です
ただたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとおりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとおりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるように
みんなのおのおののなかのすべてですから)
こうしてこの詩はわたしの心を肯定してくれる。
わたしはこの詩たちを読んでいるとしばしば彼と対話している感覚に陥る。
わたくしはなにをびくびくしているのだ
どうしてもどうしてもさびしくてたまらないときは
ひとはみんなきっと斯ういうことになる
きみたちときょうあうことができたので
わたくしはこの巨きな旅のなかの一つづりから
血みどろになって遁げなくでもいいのです
ああ、ありがとう
決してそれがわたしにむけられたものでなくても、なぜだかすごく安心することができるのです。
けれども、わたしは彼の心を肯定してやることは、できません。
鳥のように栗鼠のように
おまえは林をしたっていた
どんなにわたくしがうらやましかったろう
ああきょうのうちにとおくへさろうとするいもうとよ
ほんとうにおまえはひとりでいこうとするか
わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにそう言ってくれ
ごめんなさい、ごめんなさい
一緒にいてあげることができなくてごめんなさい
なぜだかわたしは、そんな気持ちになります。
感情、風景、人との繋がり、恋心
自らの心を表現したこのノートを、わたしは覗いてもいいのですか?
あなたへ
修羅という言葉に、あなたはどんな意味を持っていたのですか?
わたしには、暖かな春とはまったく真逆の存在に見えるのです。
平凡なわたしの脳みそでは、あなたのことをちっとも理解することが出来なません。
歴史や、残されたものからわたしの頭の中にあなたを創造することでしか、あなたを知ることは出来ません。
わたしはそれをとても悲しく思います。
あなたのいた時代に生まれて、話をしてみたかったと、読み終えていつも思うものです。
小さい頃、なぜかあなたの「薤露青」を読んで涙が止まらなかったことを、今でも鮮明に思い出せます。
どこで見たのか、読んだのかは思い出せません。
でもそれからわたしは、あなたのことをもっと知りたい一心でこの詩集を読みました。
小さいわたしにはなかなか理解出来なくて諦めてしまったけれど、少し歳を重ねた今なら分かるような気がして、読み返しています。
それでもやっぱり、すべてを理解することは出来ませんね。
あなたも、みんなのなかに存在する有機交流電燈のひとつの照明でしかないのですから。
春と修羅
上記で引用した詩たちは、宮沢賢治が唯一発行した「春と修羅」という詩集に含まれるものです。
第一章〜第三章までの構成で制作されたものですが、彼は第一章以降の詩集を手にすることなく、病死しています。
第二章からの制作は、どのような形態で収録するかも明示されていないまま、草稿だけが残っていました。
私は理由もなく悲しい気持ちになったときや暗い気分のときに読むと、心が浄化されていくような気がします。
ですが同時に、彼の心からの叫びを受け取ってさらにつらくなることもあり、なんだか自分の中に自分がもう一人いるような、不思議な気持ちになるのです。
彼の造語も混じっているのでなかなかすべてを理解することは難しいですが、彼の心情が読み解けるような表現だけでさらっと読むだけでも心の栄養剤になるフレーズが沢山混じっています。
近所の図書館や、古本屋さんでも300円くらいで買えますので、是非手にとってみて頂きたい作品です。
最後に私の一番好きな「薤露青」という詩をご紹介して終わりたいと思います。
みおつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくとなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が折出される。
……みおつくしの影はうつくしく水にうつり
プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
ときどきかすかな燐光をなげる……
(中略)
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマジェランの星雲へとどけてくれ
(中略)
水は銀河の投影のように地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
……ああ いとしくおもうものが
そのままどこへ行ってしまったかわからないことが
なんといういいことだろう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる