喫茶店百景-2階-
先週末の午後に喫茶店でコーヒーを飲んだ。その店はむかし両親の店があった場所にも近い、商店街の一角にある。階下がたばこ屋、2階が喫茶店になっている。
窓際に席をとって座り、コーヒーを頼んだ。ふたり連れだったから会話を交わすなどする。会話が途切れたり、まあそれをしている間にもときたま窓の外に目がいく。人が行き交うのが目の端で動くからだ。
この店にくるのは何度めかで、だから初めてではなかったのだけれど、そうかここは2階なんだな、とおもった。あらためてそうおもったのは、ここに来るときというのはだいたいいつもはしゃいで、気分が舞いあがっているからだろう。
2階から、外を歩く人々を眺めるのはなんとなくすきだ。
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生まれたときすでににあった両親の店、父がひとりになって移った2つめの店、そして3年ちょっと前に閉めてしまった最後の店、どの店も2階だった。わざわざ2階の店舗を選んだというわけではなく、父は最後まで通りに面した1階を望んでいた。客の入りがより多く見込まれるからだ。
それでも私は2階にある店がすきみたいだ。ただそれは自分でやる場合を想定した好みではなく、そこにいるのがすきということ。
何度も書いていることだけれど、子ども時代には多くの時間を店で過ごしていた。だいたいはカウンターに座って脚をぶらぶらさせて時間を潰す。最初の店のつくりは、扉から入って左手にカウンター、すぐ右がレジスターのある帳場で、そこを囲うようにテーブルが並んでいた。窓はカウンターの正面だったから、カウンターに座ると背面が窓ということになる。だからいつもは、外が見えない。
窓のそばの、言わば店の中央に店の子どもがいるのはおかしいから、カウンターの端っこの席が私のいていい場所だったんだけれど、お客さんが少ない時間帯は窓際に座って外を眺めても許された。客がいなくて、洗い物や仕込みもなかったりすると母もひまだから、そんなときはよく一緒に窓から外を見た。
2階から見るということは、目線が合わないから都合がいいのだ。観察をするのにもってこいなのだ。
あるときは店に向かって歩いてくる常連さんを見つけたり(そうすると母は客を迎える準備をしにカウンターに戻った)、商店街に並ぶ店の品を見定めることもよくやった。八百屋にくだもの屋、魚屋や米屋などといった店は、現在よりも通路に商品を広げていたから、2階からそんな品々も、値段も、よく見えた。どこの店の商品が新鮮でお得か、一目瞭然だったわけ。そして母から「今日はあっちの八百屋できゅうり、こっちの八百屋でトマトね」などとおつかいを頼まれたりした。
2つめの店は、ちょっと広い車道と線路がそばにある立地だったから、人の往来は少なかったものの、近くにちょっとしたホールもあったからイベントなんかで人が多く流れることもあった。商店街に比べ生活感は薄く、社会人が多い場所だったけれど、それでも客の少ない時間に外を眺める習慣(?)は変わらなかった。
2つめの場所のあったビルが壊されることがわかってから、3つめの店を探しだしたときには父と一緒にいくつか物件まわりをした。そこの店は広くて席数が多く、厨房が広くて使いやすいなどの利点もあったけれど、今後父がひとりでも回せるような店を、そしてなるべく家賃の安い物件を探した。
当たり前のことだけれど1階の店の家賃は2階よりも高いのがふつうである。それに加えて長崎は地価が高いこともあって、父の身分では路面店はやっぱり無理だった。そういういくつかの事情でそのときも結局2階の店に決めるしかなかった。
最後の店は、こぢんまりしていたし、向かいが階段だったから、どうかするとカウンターからでも外を歩く人が眺められた。
ここに移ってきてからは、父の地元が近いこともあって父の同年代のお客さんが多かった。それで、そんなおじさんたちが寄って外を眺めるものだから、それぞれ目についた人について好き勝手言う。まあ他愛もないことで、そうやって時間を消費することもよくあった。私の人間観察グセは、こういうところから来ているのかもしれない。
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冒頭の店は、最初に書いたように両親の店のあった場所に近い商店街の一部だったから、そのころの情景もまだ少し記憶にある。その窓から見て向かいには、回転焼きを売る店や、安いうどん屋があった。父が栗饅頭を買った饅頭屋や、店のおつかいで金属用の磨き粉を買いに行った金物店なんかもあった。いまあげたうち、残っているのは金物店だけだ。
交差点の向こうの、いまは青果店のある場所には化粧品と薬局のストアがあって、そこで働く資生堂のお姉さんたちは店の常連だった。何があったか思い出せない場所も多い。
外を眺めながら、そんないくつかのことを懐かしくおもいだした。
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今日の「回転焼き」:記事に書いた、この商店街にあった回転焼き屋はいま父の最後の店のすぐそばにあります。けっこう賑わっていて、回転焼きを求める人が並んでいることもある。買うことはほとんどなくて、たまにもらって食べるとそれなりにおいしいんだけれど、私としてはおいしいたい焼き屋が近所に欲しいです。
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