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創刊号試し読みー「我が自転車所在不明にて」森岡大

1月14日文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。こちらが最後になります。

森岡大 著者紹介(本文抜粋)

高跳びの横木にシロサギがとまった。そこで僕はこういった。「僕が本を読んだり文章を書くのは、鈴子さんのせいだと思っていたよ。鈴子さんというのは僕の母親で歴史小説やプレジデントなんていう経済雑誌を開いていたあの鈴子さんなんだけど」シロサギは遠くを見ている。「ところがそうじゃなかったかもしれないと最近になってわかったんだ。僕の生き別れの父親が文学学校に通っていたことがわかって、なんと僕もそこに通い出したってわけ。小説ていうかなんかお話を書いてたらあれよあれよと時間が過ぎて文字が積まれてこんなことに」シロサギは大きな翼を広げそれからたたむ。「三百字」シロサギが僕にいったのはそれだけだった。

「我が自転車所在不明にて」本文抜粋

 闊歩(かっぽ)は何百台かある自転車の中に、自分の探す自転車がないことを不思議に思う。自転車、自転車よ、おまえの所在がわからなければ、何も進めることができないではないか。闊歩はまずは、自転車を見つけて、それからその事を伝えるという口実を持って福子に連絡をすることを順序立てていた。何の用事もなく福子に話しかけることは考えられなかった。娘のあの事故をきっかけに夫婦の溝は開き、福子は娘を連れて家を出ていった。迎えに行くにしてもどのような交通手段をとっても半日はかかる福子の故郷まで出かける気にはなれなかった。何らかの方法で和解し、向こうからこちらへ戻ってくるのが筋であると、闊歩は考えていたのである。
 入り口と違う方向を見ている係員がいる。呑気なものだと侮あなどっていたら声をかけられた。
「自転車をお探しですか?」初めて見る係員だ。凛とした声が若い、女か。珍しい。じろり見つめ、頷く。「どんな自転車ですか、どちらに止めたか覚えていますか?」目に愛想が溢れている。闊歩は係員の名札を一瞥する。
「克美」声に出して読む。
「あ、はい、かつみと言います。まだ三日目の新入りです」闊歩は不躾な老醜を纏う。
「誰を探しているのか?」克美の目が泳ぐ。
「おまえの失せもの探し、つきあってやろう」

 闊歩と克美は週に何度か街を歩くようになった。克美が駐輪場の制服を脱いだ姿は普通に女の姿だった。仕事の時の克美は、髪の毛をまとめて帽子に入れていたようでイヤーマフとマスクのせいで目元しか見えなかった。黒いダウンジャケットに幅の広いジーンズを履いていたが、おろした髪は肩を隠すぐらいはあった。わりと明るめの色の髪色で肌の白さが目立つ。その日の天気はどんよりとした曇り空だったが、歩き回るのには楽な日だった。克美が歩きながら、長い間放って置かれたような自転車をちらちら見る視線が気になり闊歩が声をかける。
「怪しまれるような見方はやめておけ、わたしの探す自転車はこんなところにはいない」
 克美はすこし困ったような顔になる。
「どんな自転車なのか教えてくれないと探せないです」闊歩には心当たりがあった。これだけ探しても見つからない自転車は地上にはいないと確信していた。自転車が行けないところにいるのに違いなかった。
「連れていかれたのだろう、自転車とはそんなもんだ情けない」闊歩が克美に伝えたのは歩道橋の上を探せと言うことだった。それも自転車が登れない、階段だけの歩道橋の上にいると断言するので、克美はそういう歩道橋を見つけるたびに登ってみなくてはならなくなった。たっぷりの白に少しの黄色、それにほんの一滴か二滴の青を落としたような淡いクリーム色かグリーンだか曖昧で主張の薄い色彩の歩道橋を登る。作った後はそれっきりのような階段は、すべり止めのゴムが、ところどころ剥がれ落ち、向こう側に渡る橋の部分も黒くうす汚れている。不穏な空気すら漂う。頼まれなければ、わざわざ通ろうとは思わなかった。どの歩道橋の上にも自転車はない。
 闊歩は報告を聞いても反応はなく、ふらふらと歩き出す。克美もその後についていくのだが、近付き過ぎると闊歩にぶつかるので、注意された。「距離の取り方のわからんやつだな、飼いはじめの犬の散歩みたいではないか」 
 克美は少し離れて歩いてみるものの、闊歩がぼそぼそと何かつぶやいたり、どこか違う方を見ていると結局近づいて、隣を歩くようになり、そのうちやはり体のどこかがぶつかるのだった。闊歩も顔をしかめるだけで注意をあきらめた。

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