Photo by izuming0821 第2号試し読みー「とびばこ男」影山虎 2 第九会議室 2024年8月28日 08:21 9月8日文学フリマ大阪で販売します「第九会議室 第2号」の、掲載作品の冒頭試し読みコーナーです。影山虎 著者紹介(本文抜粋)あてのないものをずっと探している。もうそれがどんな形をしていたかも思い出せないけれど、再会すればきっと分かる。溢れかえる他のどんな偽物とも違う、たしかにそのとき私とともにあったなにか。「とびばこ男」影山虎 冒頭 「はいじゃあ次の人!」 遠くで担任の先生が叫ぶ。次は僕の番だ。心臓の鼓動は激しさをます。 タン、パッ、トン。心の中でそう意識しましょう。授業前に教わったおまじないを何度も唱えながら僕は走り出した。 視界の先には感情のない冬の山のようにそびえ立つ茶色い台形がいる。近づくと、写真のような二次元だったそれは、だんだんと奥行きを手に入れてリアルな物体として僕に迫ってくる。僕が迫っているのか、向こうから迫られているのか時々分からない。その瞬間になってようやく、僕はこれから自分の身に起ころうとしていることについてはっきりと理解するのだ。もう取り消すことのできない数秒先の未来の映像が脳で何度も再生される。絶望。行く先が崖だと知りながらその歩みを止めることができない状況を人は絶望と言うのではないだろうか。いよいよ目の前までやってくると、山肌はさらに荒々しくなり、まるで誰も寄りつかない険しい断崖である。殺気だったオーラが僕を圧倒し、理性も、唱えていた魔法の言葉も何もかもを飲み込んだ。ああやばいもうだめだ。思わずたじろぎ不自然に減速すると、それまでの助走が無に帰した。踏切のタイミングも合わないまま、それでも何とかてっぺんの白いクッションに手をかけ、思い切り足を広げる。 ドスン。 僕のお尻はそれの上にあった。その瞬間、羞恥が全身を駆け巡る。体育館中の全ての人間がこちらを見ているような気がした。あらゆる人間の心の声が漏れ聞こえてきたようだった。先生の溜息、何回目だよと笑ったり、反対に同情心でこちらを見るクラスメイト。次に自分自身に向けられた怒りや悔しさ。なぜこんなこともできないのか、自分を呪いたくなる。そして呆れ。もう何回やっても無理だ、はやくやめたい、逃げ出したい。ぐちゃぐちゃになった感情が一気に持ち上がって、堪えきれずに泣いてしまう。こぼれた涙のしずくが白い布地のクッションに小さなシミを作って、しばらくそこに残り続けた。 ダウンロード copy 2 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? サポート