
2025/2/10 見失うミスド
桜と低木はハゲ散らかし、それでも堂々と場所をとり
やせ細った川がとくとくと土に染み込んでいた。
見失うミスド
諸々の用事を終えた夕方、ミスドのひとつ無料クーポンを持っていることをふと思い出した。
ミスドはここ1、2年でずいぶん値上げしたように感じる。こないだまでポンデリング120円だったのが、130円になり、150円になり、今日は162円だった。すべてのモノがそのぐらいの値上げをしているので当然かもしれないけど、見るたびに毎回、お前セレブになったなぁと思う。
ゆえに【162円以上のお買い上げで162円のドーナツひとつ無料!】クーポンの価値も昔より上がっているのだ。算数的な理由ではなく、気持ち的に。
などと自分に言い訳をしつつ、ドーナツを買った。ポンデリングとハニーチュロ。チョコとかがかかっていないシンプルなのが好きだ。
本当はオールドファッションがいっちばんダントツで好きなのだけど、最近変にふわふわで水っぽくなってしまってからは買っていない。ザクザクギッチリのオールドファッションが好きだったのに。ミスドさん、それかダスキンさん。頼みますよ。昔のオールドファッションが食べたいんですよ。
ミスドを自分の分だけ買う時はいつも、どこで食べるか迷う。家に持って帰っても、家族を差し置いてひとりで食べることになってしまう。それでは申し訳ないので外で済ませたいが、ミスドのイートインコーナーは人が多すぎて落ち着かない。
なので気分によって、どこかしらのベンチで食べたり、学校に行く日は教室で食べたり、結局家に持ち帰ったりしている。人の目が気になったり、弟にひとつ分けてあげるはめになることが多い。不完全ミスド燃焼だ。
だから今日こそは100%ミスドを楽しもう、と決めた。ベストスポットでご機嫌でピクニックするのだ。
そこで、
・人が少なく(限りなくゼロ)
・見晴らしが良く
・自然が多そうな
・ベンチ
を目指すことにした。人がいると落ち着いて食べられないし、かといって治安や空気の悪いところはベストミスドスポットではない。
しばらく考えて思い立ったのは、家から40分ぐらい歩いたところの川岸の公園だった。たしか川沿いにベンチが置いてあったはずだ。家から40分は少し遠いが、散歩は好きなので苦にならない。
ぽてぽて歩いて公園に着いた。思惑通りのベストミスドスポットだった。
休日は子供たち、春には花見客で賑わうはずの川岸は、数人のご老人や犬の散歩をするご婦人しかおらず閑散としている。それもそのはず、季節柄、桜も低木も地面の草も茶色。川の水量は側溝と見紛うほど少ない。
しかし見晴らしは良いし、机付きのベンチもある。
ベンチに座り、ドーナツをリュックから出して、にこにこでほおばった。

もぐもぐして辺りを見回す。
そこで気づいた。あれれ。
なんか、さっきまであったミスド欲が、どっか行っちゃったぞ。
歩いてる時はドーナツを食べるのをとっても楽しみにしていたはずなのに、いざ今食べたら、なんだか違う。
川と桜と広い草原に囲まれて、砂糖と油を食べている自分が、なんだか場違いに思えてきた。あまり楽しくない。おいしいけど、満足できない。ほんとにミスド食べたいんだっけ、みたいな……
またこれだ!不完全ミスド燃焼だ!!お前はいつもこうだ!!
本当は、ミスドを買ったことを後悔していたのだ。
「クーポンがあるから買ったドーナツ」という雑なモノで何かを満たそうとして失敗したことは、なんとなくわかっていた。それを誤魔化すために、ベストミスドスポットなんかをでっちあげて歩き回っていた。
ミスドを食べたいというのは嘘で、ほんとうにしたかったのは、全部のすべきことの保留だったのだ。
あの連絡をして、これを作って、そしたらバイトに行って、と考えるのを先延ばしにしたいだけだった。
ドーナツの最後のひとくちを終えて、保留の時間が終わる。情けないなぁと机にもたれた。その閑散としたところを犬が走っていく。おばさんが追いかける。
寒々とした景色をあとにして、またぽてぽてと歩いて帰った。