V字回復の背景にあった、名前のない「集合体」から「個」着目への意識改革
~顧客起点マーケティング Part 3~
マーケティング業界においてP&Gは有名ですが、実は、2000年3月に、その株価を30%以上も暴落させています。急な業績見通しの下方修正発表を受けてのことです。1837年創業のP&Gは、継続的な安定成長と利益配分を実現しており、世界でも最も安定的な投資対象として定評がありました。この暴落以前の数年間は、グローバル化を強化するために、組織構造とビジネスプロセスの改革を大規模に進めていました。
有名な戦略コンサルティング会社を採用し、グローバル化に向けてブランドと地域の各部門を縦軸と横軸で交差させたマトリクス組織というコンセプトを開発し、その精密な設計図を準備し丁寧に導入を行なっていたのですが、仕事のプロセスや責任と権限が非常に複雑化し、一つの意思決定に関わる人員と確認作業が増加してしまいました。
その中で、社員の意識が、それぞれのマーケットの顧客ではなく会社内部のプロセスや意思決定に向き始め、結果、コスト増にも関わらず成長鈍化に陥ったのです。150年以上に渡り超有料企業であったP&Gが、わずか数年で変質し、株価暴落で敵対的買収の噂も出るほどの事態になりました。
このP&Gの危機を立て直すために新CEOに就任したのが、A・G・ラフリー氏です。彼は着任早々、「Consumer is Boss」というメッセージを強く打ち出しました。顧客こそがボスである、言ってみれば当たり前のことです。当時、内部にいた元P&Gメンバーの多くも、ピンときていませんでしたし、批判めいた記事もメディアで出ていました。後から振り返ってみれば、彼は拙速に組織やプロセスを変更するのではなく、「思考」の起点を変えようとしていたのです。
「社内」や「プロセス」ではなく「顧客」を全ての起点にすべきであると。彼と彼をサポートする幹部は、「顧客は誰なのか?」「顧客にとってどんな意味があるのか?」と問いかけ始めました。社内での議論は、「誰が承認するのか」「誰に報告すべきか」ではなく、「顧客」が主語になっていきました。
結果、P&GはV字回復を遂げ、以前に増して飛躍的に成長していきました。その後、様々な組織改革も実行されましたが、複雑な組織とプロセスに縛られていた社員の思考と行動を変えたのは「Consumer is Boss」というシンプルな価値の提示と、その実践だけだったのです。
組織や事業の規模が大きくなると、次第に意識が内向きになることは往々にして起こります。1人の初めての顧客から始まるスタートアップも例外ではありません。事業が成長し、社員が増え、顧客が1人から100人、1,000人、1万人となる中で、顧客を名前のない集合体や平均値で捉え始めます。その集合体や平均値を管理するために、内部の組織やプロセスに意識が集中し、「顧客起点」のスタートアップは、いつの間にか、「提供者起点」「組織内起点」の大会社になり、成長の壁にぶつかります。
このP&Gの事例から学べる「顧客起点」の普遍的な重要性は、M-Forceの創業理念であり、全ての企業経営とマーケティングに活かすことができると考えています。
--------------------------------------------------------------------------書籍紹介: たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング(MarkeZine BOOKS)1000人より1人の顧客を知ればいい。P&G、ロート製薬、ロクシタンを経て「スマートニュース」をアプリランキングで100位圏外からNo.1へ伸ばした著者が確立した「顧客ピラミッド」「9セグマップ」「N1分析」を全公開。