もしかしたら、と思うこと。
人間には向き不向きがあるもので。
それは人それぞれ違うわけだけれども。
例えば私は、恋愛とか結婚ってやつが不向きな人間なのだと思っている。
恋愛したことが無いかと言われればそうでもないし、結婚願望が無いかと言われればそうでもない。
でも、何となく面倒くさくて、始めるまでになかなか時間がかかってしまうし、始めたら始めたで邪魔になって捨ててしまう。
たった1ヶ月でサヨナラした人もいれば、5年間という時間を共にしたけれどお別れを迎えた人もいた。
本当に様々な恋愛をして、色んな結婚生活を描いてみたけれど、終わってみればどれもこれもが同じに見えた。
根本的にひとりが好きだ。
他人と過ごしていく中で、相手に合わせるのが嫌だとかいうわけではない。
むしろ、それなりに寄り添って合わせようとする。
だからこそ面倒くさくなって捨ててしまう。
きっと、疲れるのだ。
ふたりで居ることは私にとって酷く疲れる。
だから楽な道を選び、ひとりを望んでしまう。
人生最後までひとりで生きるのも悪くないかと、唐突に地元を離れた2年前。
まさか数年後に、自分自身が恋人と同棲なんてものをしているだなんて、思いもしなかっただろう。
そんなの、私にとって1番不向きそうな生活だ。
予想通り、とでも言おうか。
同棲を始めて3ヶ月が経った頃、恋人と暮らすことがとても億劫になった。
食事の有無も、お風呂のタイミングも、寝る時間も、休日の予定も、自分ひとりでは決められない。
私の何倍もの時間職場にいて、何倍もの量の仕事をこなし、クタクタに疲れきって帰ってくる恋人に、合わせてくれなんて言えるわけがない。
だから私が出来る限り合わせるのだけれど、それに疲れて、イレギュラーが起こる度に腹が立った。
「毎日帰り遅いから、先に寝てていいからね」
彼の言葉に、私は素直に従った。
本当は、彼が帰宅した時の音で毎晩目が覚めるのだけれど、彼がそれを知ったら申し訳なく思うだろうと。
私は毎日、彼が帰宅し、シャワーを浴び、ひとりテレビを見ながら晩酌する気配を扉1枚挟んだ部屋で、寝たフリをしながら聞いていた。
そのうち、飲み会のある日は職場に泊まって帰ってこなくなった。
酔っ払いが帰ってくるの嫌でしょ、と彼は言う。
彼は酔うと饒舌になるので、私が寝ていても起こして会話したがる。
それを申し訳なく思っていて、帰って来ないようにしている。
嫌じゃないよと答えるけれど、職場に泊まる方が帰りの電車で寝過ごさなくていいし楽だろうから、それでもいいよと付け加えた。
彼の言葉に従うこと。
寝たフリをすること。
どっちでもいいよということ。
どれも、私は優しさのつもりだった。
恋人の気持ちを優先したつもりだった。
頼まれたわけではない。
ただ一方的に私がやっているくせに、私はそれにとても疲れてしまい、自分にも、彼にも腹が立って。
別れたい、と思ったのだ。
一度全部辞めてみようと思った。
別れるなら、全部全部試してみてからでも遅くはないだろうと。
私はある日を境に、私の「優しさ」を辞めてみた。
先に寝ててと言われても、夜更かしして帰宅を待った。
晩酌が始まったら勝手に自分も飲み始め、遅い時間でも、聞いて欲しい話をひたすら勝手に喋った。
休みの日は好きに予定を入れた。
飲み会中に電話がかかってきたら、帰っておいでよと我儘を言った。
「楽しい」
数日前、ほろ酔い気味の彼がポロリと零した。
その日は職場の飲み会で。
一次会の後に電話がかかってきたとき、ビールもおツマミも買ってあるから帰っておいでよと誘って。
帰ってきた彼と夜中まで映画を観ながらダラダラ飲んで、喋っていた。
「楽しい?」
私が聞き返すと、彼は嬉しそうに楽しいと頷く。
本当はこうしたかったと、照れくさそうに言ったのだ。
本当は、どんなに遅く帰っても、私の事を起こして。
お酒を飲みながら、今日あったことをダラダラと喋って。
たまには深夜にコンビニに夜食を買いに行ったり。
たまには少し懐かしい映画を並んで見たり。
たまにはセミダブルの布団で抱き合ったり。
そうしながら、夜を一緒に過ごしたかったのだと。
酔って帰ると起こしたくなっちゃうから職場に泊まってたんだと。
先に寝てていいって思ってるのも本当だけど、帰宅して部屋が暗いのは寂しいんだと。
お互いがお互いを思って、相手に「優しさ」を贈ったつもりだった。
でも実際は、互いに意図しない優しさの押し付け合いが、苦しくなるようなすれ違い生活を生み出していたのだ。
楽しいと笑う彼を見て、私も楽しいと思った。
ひとりを望んで生きたきた私が、ふたりの生活を失いたくないと思った。
君と、もう少し、生きてみたいと思った。
数年前の自分が、想像していなかった生活。
きっと自分には向いていないだろうと決めつけていたけれど、どうやらそうでも無いらしい。
恋愛が向いていなくたって、結婚が向いていなくたって。
もしかしたら、彼と一緒に過ごす生活というものは、私に向いているかもしれないのだ。
そう、もしかしたら。