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転勤族と結婚した。

私の夫は転勤族だ。

北は北海道から南は沖縄まで。
定年退職まで、1〜5年毎に転勤がある。

それは出会った時からそうで、私は夫が転勤族だということを分かった上で付き合い、結婚した。
元々旅行好きで、全国各地を旅行していた私にとっては、全国転勤で色んな場所に住めるなんて魅力的!くらいの感覚だった。

私と夫は、東京で出会った。
東京という場所は、私にとっても夫にとっても地元では無かった。
そんな東京で出会い、交際し、同棲までしていたところ、夫に転勤の辞令が出たため、私たちは入籍した。
夫の転勤先へは着いて回ろう、と。
その時は思っていたし、あまり深く先々のことは考えていなかった。


結婚して1年5ヶ月になろうとしている今、色々と考えることがある。


知らない土地への転勤について行く事は、楽しいだけでは無いということ。

もちろん楽しさはある。
旅行で行くだけでは訪れることが出来ないような、地元のディープな店だとか、観光地と言うほどではない公園だとか、そういうところに訪れることが出来るのは、住んでいるからこそだと思う。

けれどやはり、そこは知らない土地。
土地勘が無い場所で生活するというのは、慣れるまで案外大変だ。
どこへ行くにも地図を見ながら。
どれくらいの時間で行けるのかも分からなくて、いつも余分に時間を計算して行動する。

スーパーに買い物に行くのだって、知らない名前のご当地スーパーばかりだと、どこが安くてどこが高いのか分からない。
当たり前のようにあると思っていたチェーン店が無いこともある。
地名を聞いても、それが東なのか西なのか、遠いのか近いのかも分からない。

何をするにも、頭を使う。

しかしまぁ、それは良い。
良いというか、しょうがない。
知らない土地に行くという上で、当たり前に起こりうることだし、慣れれば問題ない。

私が1番精神的に辛いと感じることは、人間関係だ。

知り合いが居ない。

ただそれだけのことが、こんなにも精神的にキツいとは思わなかった。

というより、知り合いなんてものはいくらでも作れると思っていた。
地元を出て東京に出た時もそうだ。
働きに行けばそこで仕事上の人間関係は構築されていく。
気の合う人も出来る。
行きつけにしたカフェでよく会う人と、なんとなく会話をするようにもなれば、通うようになった美容院の美容師さんと顔見知りになった。
入会したジムで、よく顔を合わせる人も居た。
なにより、東京には、学生時代に1番仲の良かった友人が暮らしていた。

だから次の土地でも、同じように人間関係を築き上げて行けると思っていたのだ。

妊娠する、それまでは。

夫の転勤先に着いていき、引越しの手続きや荷解きも一段落し、さぁ就活だと意気込んでいた最中に分かった妊娠。
それはそれは喜んだ。嬉しかった。
いつかはと思っていたことだったから。

でも、だからこそ、就活は中断せざるを得なかった。

息子が産まれて7ヶ月経つ。
私は今も専業主婦だ。

知らない土地で、毎日息子と2人きり。

息子は可愛い。
夜は夫と会話も出来る。

それでも、物足りなさを感じる。

孤独を、感じる。

「子育て」は時に「孤育て」になるとは、よく言ったものだ。
まさにその通り。

困ったことがあれば簡単に調べることも出来るし、電話やLINEで簡単に連絡が取れる今の世の中に置いても、やはり、会って話すというのは特別な事なのかもしれない。

話したいことがあるわけでもない。
大切な用事があるわけでもない。
けれど、会って話したい。

くだらない会話を1時間でもすることが出来れば、この孤独は解消されるのでは無いかと思っている。


それを踏まえて、私たち夫婦は、今後話し合わなければならないことがある。

いつか、もし、定住することになったらどうするか。について。

冒頭でも述べた通り、私は旅行大好き人間なので、夫の転勤には基本的に着いて回りたいと思っていた。
そしてそれは今も思っているけれど、息子のことを考えると、そう簡単に着いていくとも言えない。
学校に通うようになれば、転校というものが発生するからだ。

夫は子供を転校させることに反対らしい。
というのも、夫は中学までは地元の学校に通ったが、高校は少し離れた場所の高校に通っていた。
同じ中学からその高校に行ったのは、夫以外に2人だけ。
仲の良かった友人たちは、皆地元の同じ高校に進学した。
その後、高校卒業と同時に地元を離れて県外にでた夫は、そのまま転勤族になった。
長期休み等にたまに地元に帰ると、せっかくだからと昔の友人たちで集まるが、1人だけ地元トークについていけないというのだ。
それが寂しいから、息子には地元と呼べる場所で交友関係を深めて欲しいと言うのだ。
そして出来ればその地元と呼ぶ場所は、田舎であって欲しいらしい。

対して私は、定住するなら都会派である。
私自身、25歳になるまでずっと地元に居た。
実家を出て一人暮らしをしながら、毎月のように1人で旅行に行っていた。
給料は生活費と旅費が大半だったと言っても過言では無い。
中でもよく通ったのが東京だった。
都会の便利さを味わうにつれて、地元の田舎の不便さを痛感し、都会への憧れが強くなったのも事実。
なにより、私が東京へよく出向いていたのは、学生時代に仲の良かった友人がこぞって関東に住んでいたからだ。

というわけで。
定住するなら田舎派の夫は、息子が小学生になる頃を目処に、私の地元に居を構えたいらしい。
が、私はというと、自分の地元にそこまでこだわりが無く、寧ろ定住するなら都会が良い。

夫はたまたま仲の良い友人が地元に残り、自分だけ地元を離れたから、地元に拘る。
私はたまたま仲の良い友人が地元を離れ、自分だけ地元に残ったから、地元に拘らない。

これはもう、育ってきた環境が違うから仕方がない価値観だと思う。

夫は、子育てするのに実家が近い方が絶対に良いと言う。
分かる。その考え方もとても分かる。
だから私の地元で定住したいと、私のためを思って言ってくれているんだと思う。

けれど、産後1ヶ月半から半年近く、実家の無い場所で育児をしてきた私からすると、実家はさほど重要ではない。
もちろん、例えば息子が熱を出した時、例えば今後保育園に預けて私も働き始めた時、実家が近ければと思うこともある。
でもそんなのは月に一度あるかないかで。
私は毎日のように、友達が近くに居てくれたらどんなに嬉しいか、とそればかり思う。

これは、私のエゴかもしれない。
そんなことは重々承知の上で、私は、自分の友人がたくさんいる場所に定住したいと思ってしまうのだ。


ここまで長々と綴ってきたが、最後に、私は息子が産まれた時に決めたことがある。

赤ちゃんであっても、子供であっても、息子は1人の人間だ。
ちゃんと、意思もあれば感情もある。
それを何よりも尊重するということ。

夫は転校させたくないと言うけれど、もしかしたら息子は、学校の友人と離れることよりも、父親が単身赴任して毎日のように会えなくなることの方が嫌かもしれない。
息子がそう言うなら、転校してでも転勤先に着いていく選択も考えるべきだと思う。

私は都会に住みたいと思っているけれど、もしかしたら息子は、電車があればどこへでも行けるような便利さより、毎日海が見えるような暮らしを望むかもしれない。
息子がそう言うなら、夫婦どちらかの地元に定住するという選択も考えるべきだと思う。


夫は、転勤族になることを自ら選択した。
私も、転勤族の夫と結婚することを自ら選択した。

でも息子は、転勤族の夫婦の子供に産まれてくることを選択したわけではない。

だからこそ、息子の気持ちや感情に寄り添って、息子が自らの意思で選択できる将来を作ってあげたいと思うのだ。

夫の地元で暮らす今、それだけではなく、様々な世界を見せてあげて。
選択の時が来たら、そのたくさんの世界の中から自分に合った物を選べるように。

今はとにかく、親である自分たちの価値観に囚われない、広い世界を、息子に見せてあげたいと思う。

ある意味、それが出来るのもまた、転勤族の良さではないかと。
私は、思うのだ。

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