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父親と母親と私


両親との関係は、至って普通だ。


とても仲がいい、というわけでもなく。しかし仲が悪いこともない。2人や3人で出掛けることもあれば、しばらく連絡を取らないこともある、そういう、至って普通の親と子である。

思春期の頃は反抗したりもした。
大人になってからの方が何でも話すようになった。
本当に、そんな感じの、普通の関係だ。


そんな両親に言われた言葉で、未だに忘れられない言葉がある。


20歳になった頃。実家を出て、一人暮らしをしてみたいと言った私に、父親は「出来ると思うから言ってるんだな?」と聞いた。
だから私は、事前に調べていたいくつかの物件の資料を出し、同じ職場で一人暮らしをしている先輩から聞いた話を伝え、その上で「出来ると思うからしてみたい」と告げた。

「わかった、いいよ」
反対されるかと思っていたのに、父親は案外あっさりと承諾した。
いつ言おう、いつ切り出そう、と。2ヵ月ほど悩んでいた自分はなんだったのかと、拍子抜けするほどだった。


いざ、実家を出るとなった日の前日。
私はふと気付いた。
そういえば、私が何かをしたいと自分の意志を告げた時、両親に反対された記憶はほとんど無いなと。

「それは貴女が、自分で考えて考えて、しっかり見極めてから言葉にするからよ」

母親が、穏やかな声でそう言った。

私という人間は、両親からしてみれば「石橋を隅から隅まで叩いて渡るタイプ」なのだと言う。
思いつきやその場の勢いで「こうしたい」「こうなりたい」と思ったとしても、すぐに言葉や行動には移さない。
自分でいくつもの可能性を考えて、大丈夫だと判断してから初めて口に出す。
だから、両親は私の言葉にはそれなりの考えがあることも知っているし、その分意志が固いことも知っている。

「反対したって聞かないでしょ、どうせ」

お父さんもそう言ってたよと、母親が笑った。
頑固者だと言われている気がして、腑に落ちない表情をした私。

母親が、そんな私に言った。

「お父さんも、お母さんも、貴女のことを信じてるのよ」



私の両親は、随分と放任主義で、自由にさせてもらった自覚がある。

嘘はつかないこと。
迷惑はかけないこと。
自分の責任は自分でとること。
約束は守ること。

これさえ忘れずにいてくれるのなら、あとは好きに生きなさい、と。


ひとつも嘘はついていない、と言いきれるほど綺麗ではない。
人様に迷惑をかけていない、と言いきれるほど完璧ではない。
自分の責任は自分でとってきた、と言いきれるほど自立できていない。

けれど、いつも思っている。

「貴女のことを信じてるのよ」

そう言ってくれた両親に、正面で向き合っていられる生き方をしていたいと。


信じるって、難しい。

友人にしても、恋人にしても。
疑ってしまったり、不安に思ってしまったり、分からなくなったりしてしまう。

そんな難しいことを、幼い頃からずっと続けてくれている父親と母親を、凄いと思う。



半年ぶりに、両親に会った。

「地元を離れて働きたい」

2年8ヶ月前、そう言った私に「3年間で帰ってくるならやってみなさい」と告げた両親に、再び頭を下げるためだ。

3年で帰る。その期限を目前に控え、私はまだ、帰らないという選択をしようとしている。

4年目、5年目、私がどういうつもりでいるのか。
何度も考えた言葉を並べ、説明した。
黙って聞いていた両親が一言。

「ちゃんと考えているなら良い」



嘘はつかないこと。
迷惑はかけないこと。
自分の責任は自分でとること。
約束は守ること。


この年齢になった今も、それを全てこなせている自信はないけれど。

信じてくれている両親のためにも、明日を、明後日を、来年を、これからを。
自分で考えながら生きていきたいと思う。


20191122

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