『X=』著者:9月のワンピース
Xは何者にもなれる
故に何者でもない
X=I
X=know
X=me
X=私、あなたのこと知ってる。だってあなたは私でしょ。
「こんにちは、X」
「やあ、こんにちは」
森の中。
いつものように挨拶を交わした。
Xに会うのはこれで何回目だろうか。
毎度、数えようとしているが、なかなか覚えられない。
まあ、会う回数なんて、そんなことはどうだっていい。
「今日も来たよ」
「ありがとう」
来たよ、とXに言ったものの、何故自分がここに来たのか分からない。
来た理由を忘れたわけでもなく、頭を打ったわけでもない。
本当に分からないのだ。
「Xについて聞かせてよ」
「もちろん」
Xはまるで聞かれることを待っていたかのように、平然とした態度で答えた。
「Xはさ、何者なの?」
「何者? ただのXだよ」
「本当は?」
XがただのXだということは最初から分かっている。
それでも質問した理由を聞かれるとすれば、”ただのXだから”と答えるほかない。
誰でも、かの有名な探偵より、通りすがりのただの探偵と言われる方が気になるだろう。
それと同じだ。
「本当のこと教えて欲しい?」
「もちろん」
「なら、君のことを教えてよ」
「なんで?」
「本当のことが分かるから」
「分かった」
質問に質問で返されることに疑問を抱かないまま、淡々と答えた。
「自分のことは、よく分からないよ。何のためにここに来たのか、何のためにXと話しているのか、そして一体、自分がどこから来たのか。ここに来る直前まで全部分かっていたような気がするんだ。今は、まるでひとつも覚えていない」
「ここまで、自分の意志で来たと思う? それとも、誰かに誘われて来たと思う?」
「それ以外の選択肢はないの?」
「答えやすいかなと思って選択肢を挙げただけだよ。だから、君の好きなように答えて」
好きなようにという言葉はいい加減だ。
一見、自由を与えているようで、ただ単に放任しているだけだからだ。
かと言って、選択肢の中からしか選択できない状況も自由を奪われるため、好まない。
結局のところ、いい加減さは無くなることはない。
「自分の意志で来たと思う。そこには、周りからの影響が含まれているだろうけどね。それでも自分の意志であることには違いない」
「ありがとう。君は君自身の足でここに来たんだよ。ほら、見てご
らん」
無邪気な子供を相手にするような声色で諭され、足元へ視線を向ける。
Xと話していたため気づかなかったが、靴を履いておらず、指先が赤く腫れあがっていた。
どうやらここに来る途中で怪我をしていたようだ。
「いつの間に怪我したんだろう」
「大丈夫? 怪我に効く塗り薬をあげようか?」
「ありがとう。でも、大丈夫」
「どうして? 痛くないの?」
「痛いよ。でも、それが生きている証だから」
「君らしいね」
らしいなんて言われるほどXに知られているのが不思議に思ったが、痛みによってかき消された。
まあ、放っておいてもじきに治るだろう。
「他には何か質問ある?」
「変化と不変、選ぶならどっち?」
このような質問で本当のことが分かるのかいまいち分からないが、答えるしかない。
「変化かな」
「その理由は?」
「変化しないものは無いと思っているから。変化しないなら、人だって自然だって失わないでしょ」
「それはそうだね。でも本当に何も変化しないのかな?」
「敢えて言うなら、『変化すること』は変わらないかな」
「言葉のあやみたいで、なんだか面白いね」
「うん。でも、なかなか変わらないね」
「何が?」
「人が」
「それは自分自身を含めて?」
「もちろん」
「なら、変わらない同士だね」
「嫌味?」
「そんなつもりはないよ」
全てのものは変化していく。
寄せては返す波のように。
昔、本に書いてあった言葉を思い出した。
万物は流転する。
なのに、変わらないねと思う気持ちは一体、どこから芽生えてくるのか。
考えが頭の中を流転している。
そしてXに言われた言葉が引っかかる。
変わらない「同士」と言うことは、Xも変わらないということになる。
まだ、Xについてよく理解していないため、引っかかること自体がおかしいのかもしれないが、引っかかるものは引っかかるのだ。
もしかしたら、Xは何者かになりたいのだろうか。
ここにきてようやくXを知るための手がかりを掴み始めた気がした。
「そう言えばXって、いつもどこにいるの? この森の中?」
「今日は、たまたまここにいただけだよ」
「なら、明日は?」
「明日は、君のなか」
「なか?」
「うん、なか」
「‥どういうこと?」
「じゃあ、また質問するね。何でXのことを知りたいの?」
「分からない、って言っても話が進まないよね。そうだな、言葉にするのは少し難しいけど、表現するなら、『根源的にXを求めている』とでも言おうかな」
「根源的?」
「そう。AでもなくBでもない。かと言ってCも違う。模索しているなかで、ふと思った。『ああ、やっぱりXだ』ってね。何でそう思うのか、どこからその感情が生まれたのか分からないけど、根源と言うか、そうだな、核の部分からXを求める声が聞こえるような気がするんだ。声というよりか、鼓動に近い感じ。なんでだろうね」
「君のなかにXが眠っているからだよ」
「Xが眠っている?」
「そう。正確に言えば、君だけではないけどね」
「どういうこと?」
Xが言うには、なかにXが眠っているらしい。
君と私は一心同体なんて簡単なことではない。
もっと、構造的で始原的な意味があるはずだ。
「生まれた瞬間から、刻まれているんだよ、Xが。君のなかに」
「それってもしかして、遺伝子のこと?」
「まあ、そんな所かな」
「さすがに遺伝子のことなんて考えていなかったよ。調べる術がないからね」
「調べても全ては分からないよ。だから、全身で感じればいい」
「全身で感じる?」
「そう。感覚器官は理屈では動かないから、感覚を研ぎ澄ませるんだよ」
「すぐには難しいな‥」
「急ぐ必要はないよ。流れるように、ゆっくりと、深く」
「ゆっくりと深く‥」
言葉自体は簡単だが、実際にやれと言われると、どうにもできそうにない。まあXに言われたように、急がず、ゆっくりとだな。
「ところで君は、Xに対して不安を抱くことはある?」
Xから言われた言葉を考えていたら、急にこのような質問を投げてきた。
会話を止めるわけにもいかないので、すかさず答える。
「昔は不安だった。未知数だから、Xが何になるのか毎回びくびくしていた時もあったな。今はそれほど不安を抱くことはないね」
「もし、今後Xが命に関わるようなものに変化したらどうする?」
「命に関わるようなものって?」
「想像にお任せするけど、例えるなら、そうだな、病のようなものかな」
「空想的だね」
「もしもの話だから」
空想的な話は嫌いじゃない。
現実ばかりに向き合えるほど強くはないからだ。
それに空想と現実の境界線がいまいち理解できない。
今まで人々が空想していた世界が今日の世界で、今を生きる人々が描く世界は未来となる。
空想とは、現実になる前の状態に過ぎないのかもしれない。誰しも心の中では悲劇のヒロインや正義のヒーローになったことがあるはずだ。
人の空想なんて表面の世界ほど綺麗なものではないだろう。
「容疑者Xの正体に迫る、なんて言ったら笑っちゃう?」
「笑わないよ」
「ありがとう」
「Xの正体が分かったら、どうするの?」
「何もしないよ。ただのXだから」
「君はやっぱり面白いね」
「‥面白いことを言ったつもりじゃないけど」
空想とは言ったものの、Xが病のようなものというのは、あながち間違ってはいないように思う。
歴史が始まって以降、病は姿、形を変えて社会の隙間に居続けている。
いくら公衆衛生が発展して病が減少したように見えても、精神疾患などのような見えにくい別の場所に転移しているだけだ。
もしかしたら、私たちは、どこか心の中でXのような未知数の病を求めているのかもしれない。
それでも、病にはなりたくない。この矛盾も病のひとつなのだろう。
「君に聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
病について考えていた時、真っ直ぐな目でXが質問してきた。
「これからXはどうなると思う?」
「これから?」
「うん」
これからのXという言葉の意味がいまいち理解できなかったため聞き返したが、満足のいく回答は得られなかった。
しかし、これ以上、聞き返すことはしない。
いくら聞き返した所で、自分の中にしか答えがないからだ。
ん? 自分の「なか」?
「今までもXは確かにここにあったけど、みんな気づかなかったと思う。近ければ近いほど、良く見えないんだよ。自分自身のように。それに、『なか』なんて見えるはずがない。XにXの正体を聞いても分からないことと一緒だよ。でも昔のようにXを思い出す時代はやってくるんじゃないかな。Xはどこか遠い未来に向かって進んでいるように見えるけど、もしかしたら遠い未来への帰路かもしれないね。もちろん、未知数であるXに対して少しだけ恐怖を覚えることはあるよ。でもそれ以上にワクワクするんだ。全身に張り巡らされている神経を全て脳に集約して、今にも思考回路が壊れそうなくらいワクワクしている。Xは、ただのXでしかないから、どちらの極に偏っていても、善悪では判断できない。これからのXなんてXにしか分からない。一言で言うなら、なるようになる、かな」
「やっぱり君は最高に面白いね。待ってたよ、X」
あたりを見回してみたら、そこは真っ白でもあり真っ黒でもある何もない場所だった。
場所というよりも、状態と呼んだ方が正しいのかもしれない。
あと、何もないというのは、半分間違いである。
何故なら、目の前にはXではなく、ひとつばかりの鏡が佇んでいたからだ。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
時には何者にかなりたい時がある。
しかし、辿り着いた結果、何者でもない。
そんなことがあるでしょう。
突き詰めていくと、もしかしたらXは単純なものかもしれませんね。
ということで、目標にしている
に向けて文章を書き続けます。
本を読んでいると、自分の文才のなさに毎度落胆してしまいそうです。
それでも、「自分も本を出してみたいな」という気持ちは変わりません。
様々な文学に触れて、言葉の表現を知り、思うままに構想した文章を書けるようにします。
note以外にもinstagram、X、Tiktokに書いた本を投稿しているので、是非ご覧ください。
それでは。
※林檎を食べたくなった時
※いきものが大好きな人へ