KMNZがつくるREALITY――KMNZ 1st Album『KMNVERSE』

　笑い声はノイズだ。
　電車に乗り込んだ僕はイヤホンを耳にはめて、誰かと誰かの話し声をシャットアウトした。Spotifyのアイコンをタップして『KMNVERSE』を流した。一曲目「OPENING」。LITAの声が左chから流れてくる。こそばゆい。続いてLIZの声が右chから。そしてこの曲は、スタッフらしき男と、LITAの笑い声で終わる。
　どうして、この笑い声は不快ではないのだろう？
　見知らぬ誰かの楽しそうにする声は不快だ。もうすこし静かにしてくれ。こっちはこっちの世界がある。そこに割り込んでくるな、と。
　僕はKMNZのことをよく知らない。VTuber？　的な存在で、スチャダラのサマージャムとか、ブギー・バックをカバーしたやつを聞いたことがあるくらいだ。たぶんなんか配信とかもしていて、パーソナルな部分を知ることもできるだろうし、このアルバムを聞くひとはもうKMNZのファンで、そのすべてがバチクソに刺さるのだろう。
　で？　なんでファンでもないのにそのパーソナルな部分である笑い声が不快ではないのか？　むしろなぜそこに温かみのようなものを感じたのか？
　ラッパーはリリックを書く。自己表現のために。リアルを表現するために。
　このリアルについて、ひとは私小説的なものを想像しがちだ。だからバーチャルな存在である彼女たちのリアルは「つくられた」リアルじゃないか？　と。クレジットをみてみると、nyankobrq with LIZとか、C. Yaca with LITAとなっている。なんだよひとりで書いてるわけじゃないのかよ。お前はそこでがっかりするか？
　ひとは、自分のことを完璧に理解できてはいない。誰かの言葉によって、自分のことを深く知ることだってある。他人のほうが、自分のことを知っていることだってある。ラッパーがリリックを書いていなくとも、いや、むしろラッパーが書く以上のリアルが生まれることだってある。
　リアルはそこに「ある」ものではない。物語ることによってリアルは生まれる。リアルは、つくられる。
　そしてどうやらLITAとLIZは、お互いに物語りあうことによって、KMNZをつくっていくようだ。

Z：物語の1ページ

あと戻りなんてできやしないぜ
さあ開こう

私だけの狭い部屋も　
君となら広げていける
欲しいものすべてこの手に入れよう　全部
「R U GAME?」

　僕たちは「リアル」を矮小化しがちだった。手の届く範囲までしか自分の世界は広がらない。それは正しい。でも手の届く範囲は思った以上に広い。KMNZはこう歌っている。

新たな自分が出てくる4次元ポケット次から次へ
矢継ぎ早過ぎて　一息つく間もない頭パンクしそう
ならば早くしようとせず自分のペースで
それができるバーチャルの可能性
「VR」

「かもしれない」が無理じゃない時代
”それができるバーチャルの可能性”
「GALAXY」

　僕たちの手はバーチャルによって拡張される。手は、ずっとずっと遠くまで届く〈かもしれない〉。でも僕たちはKMNZのようにバーチャルな存在ではない。だったら、手は遠くまで届かないのだろうか？
　いいや違う。FaceRigもVRゴーグルも持っていなくていい。KMNZが、僕たちの精神は肉体に押し込められているだけのものではない、ということを教えてくれた。virtualとは「（表面上ではそうではないが）実際の」という意味だ。つまり、実際の精神の手が届く範囲は思った以上にある。
　このことを考えると、世界の広さに愕然となる。世界は自身の肉体の内ではなく外にもある。自身と関係する人間と交ったところに世界がある。だからひとは自分自身のことを完璧には理解できない。また、他人のことを完璧には理解できないのもそういうことだ。

完璧な自分でいたいから
繰り返し染め直す
綺麗な私を見ても
気づかないでしょBaby
上辺の私を見てる
保証のない 永遠へ
色を変えても見てよ本当を
まだわからない
何が足りないかを　
手探りで知ろうとして
「retouch」

　しかし、人間は自分のことを完璧に理解してもらいたい、という慾望を捨て去れない。たとえばリリックを書く。小説を書く。絵を描く。そういうことで知ってもらうための努力をする。そこにリアルがあるから。
　つまり、リアルはこうやって加工しなくてはならない。言葉のついていない僕たちの生の感情は、他人に読み取ってもらえない。日常の積み重ねで他人に自分のことを知ってもらおうとすることの徒労。そうだ、奴らの笑い声が不快なのは、その日常の積み重ねの薄っぺらさゆえだ。
　LITAの笑い声が不快でなかったのは、その日常がこの作品をつくっているからだ。お前らはこのアルバムを聞いたあと、なにをつくる？