2024年2月 ~鯨肉と判決2.0
どうせまた30秒で判決が下されて終わるのだろう。分かっていながらも、この傍聴席を一つ埋めることが俺にとって適度な市民運動であり、毎年大半を使いきらずに終わってしまう有給休暇の消化手段なのだった。
「言っていることではなくやっていることがその人の正体」
多分 Xwitter かなんかだよ。このごろ説教じみた書を貼り出しては写真でアップする寺が流行っているじゃない。坊さんのやることだがら説教じみないと雰囲気でないのだろうけど。でも、それは一歩を踏み出せない俺には痛い言葉で、原告団の皆様には頭が下がる。所詮はただの傍聴者。
【事件名】各環境影響評価書確定通知取消請求控訴事件 令和5年(行コ)第56号
通称、横須賀石炭訴訟だ。時折こいつを傍聴しては報告会で学ぶようにしている。いいねもRTも頂けないのは発信の魅力やアクティビティが足りていないのだとしても、この国では相変わらず気候危機に対する関心が薄くて参る。あんたの踏んでる地面のことだぜ。今月、BBC は世界の平均気温が観測史上初めて年平均で工業発達以前に比べて1.5度以上上昇していたと伝えた。
回帰不能点を越えたら火星に引っ越せばいいとでも思っているのだろうか。ホモサピエンスという種は生物として退化していないか。そいつは地球が持つ排除機構のようにすら思える。究極のところ自己増殖あっての生物じゃない。子供を産めとは言わんよ。俺んとこだって一人息子だ。大学時代の酔っぱらい教授に言わせれば、二人で一人育てたって何の意味もないとよ。でもよ、せめて次世代に真面な地面をバトンタッチしたいと思わないか。
一昨日は寒暖差15度とお天道様もご乱心、日中は半袖でアイスを頬張る若者もいた。控訴審判決当日は一転して冷たい雨が振っていた。激しい変化に体調を壊したか、昨夜から一人息子が熱を出していた。この日のために有給をとっていたのだが、外出するのも心苦しい。そんな中でも妻は俺を送り出した。
「楽しんでおいで」
そうか。俺は楽しんでくればいいのだな。
霞ヶ関のA1出口を上がればすぐに東京高等裁判所。傍聴席抽選券配布場所2番の前には、既に数名のスーツ姿が並んでいた。よくいるんだよな、スーツ姿が。この人たちは仕事の合間に来るのかしら。裁判傍聴がお仕事だったり。傍聴券80枚(抽選により交付)と掲示がされている。傍聴券配布締め切りまであと10分。俺は首を回して頭数を数えた。
「傍聴券80枚のところ抽選券配布は55枚でした。無抽選で皆さま傍聴していただけます」
かつて抽選落ちしてトボトボ帰ることもあった。ホッとした反面、この裁判に対する関心の低下が気がかりだ。
「傘は法廷に持ち込めませんので傘立てにお願いします」
俺は折り畳みだぜとバックにしまう。手荷物検査を通過し、入廷したらお気に入りの山高帽子をとることも忘れずに。
「それでは判決を言い渡します。主文、本件控訴を棄却する。控訴費用は原告の負担とする。ゴニョゴニョ。以上です」
そして、裁判官は退廷した。判決言い渡しからわずか15秒。第一審判決時の30秒から大幅に記録を更新した。さすがに原告団や傍聴席から野次が飛ぶ。「それで終わりですか?」、「説明してください」、最近テレビで聞くようになった「恥を知れ」を生で聞くこともできた。しかし、法廷に裁判官はもういない。ザ・お役所仕事。想像通りとは言え、しばし呆然。
あまりにあっという間の出来事で、ほかに書き記すこともない。ここに来たからにはと、毎度の如く農林水産省の食堂へと足を運ぶ。「手しごとや 咲くら 農林水産省店」。食レポでもしておこうか。
鯨が食えるメニューはどれかと尋ねれば、
ニタリ鯨竜田カレー 950円 食料自給率47% 898 kcal
ニタリ鯨三昧御膳 1200円 食料自給率56% 798 kcal
俺は三昧御膳を五穀ご飯で注文した。
ほんのりカレー風味の竜田揚げ。ステーキ風の薄切り肉が四切れ、玉ねぎとしめじのソテーの上に乗せてかさ増しされている。たっぷり玉ねぎソースに生姜とみじん切りの漬けものみたいなものが添えてある。なんだこの漬けもの。
うまくはない。ニタリ鯨なら一審判決の際も食したが断じてうまくない。ニタリ鯨とイワシ鯨の日があるようだが、どちらが当たりなのか知らない。
黒い肉は冷えきっていて旨味はない。味はほぼ玉ねぎソースと言っていい。それでも食おうと思わせる鯨の魅力はなんなのか。やっぱりデカイからだろう。世界最大の哺乳類、一度はシロナガスクジラを食ってみたい。きっと大味なんだろうな。ミカンだって小粒が甘い。ダイオウイカも不味そうだ。食ったことないけど。
食堂ではやたらと「まぐろ漬け丼お待ちどうさまです」の声が聞こえる。
まぐろ漬け丼 950円 食料自給率62% 667 kcal
もしかして、こっちが正解?
農林水産省の食堂だからといって特別にうまいと思ったら大間違い。農業系大学の学食がうまいという都市伝説と同じだろう。でも、在学中は確かに旨かった気がする。味覚も消化器もピチピチしていたからだろうか。
午後には原告団による判決報告会があった。会場には、山本共同代表ほかrecord1.5の若者たち(@record15cop)が撮影に入っていて驚いた。いい連帯だな。
原告・弁護団は語る。裁判官自身もおかしいとは思っている。それでも政策決定マターには《間違った》判決を出さない裁判官が配置される。最高裁に行ってひっくり返すことは難しいだろう。それでも諦めない姿を世界に発信することが必要だ。32条を楯にした上告やアセス簡略化に対して上告受理申立てを進め、最高裁に判断を仰ぎたい。
舞台は最高裁へという決意表明。原告団長は高齢で原告団の年齢層も高い。地球を憂えているのはZ世代ばかりではない。リタイアした爺さんたちのサークル活動だと揶揄する声もある。それでもやっぱりやっていることがその人の正体。そして、嫁の声が背中を押す。
「楽しんでおいで」
無力感に苛まれながら、応援を続けていきたい。
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