いち愛好家のショートショート『セーター料理』
真夏に、セーターを着る人がいる。
セーター料理というものが、できたからだ。
これは、火でも熱湯でも百℃をセーターに加えると、食べ物に姿を変える形状記憶食品。
ケミカル物質、無添加・無着色で、賞味期限がほぼ永久。一部分に百℃を加えるだけで、セーター全体に殺菌が行き渡る。
味映(みば)えするものは、高く売れた。だから、転売も盛ん。食べ物を収集・コレクションする、新しい文化が生まれた。ある主婦が編んだセーター料理が、オークションで落札された額は、億。ひと編み千金を、誰もが狙う。
なのに、私ときたら、しがないバイト。
真夏に、セーターを着る人とは、実は私。
炎天下、時給千円の交通整理で、貰ったセーターを、喜んで着ている。
仕事を終え、銭湯の熱い湯で汗を流す。湯から上がると、洗面台に置いてあるポットの湯で、セーターをアイスに変身させた。
大人じゃなく、子どもが喜ぶ方のアイスだ。
けれども、私には、ご褒美。ほてった体で、キンキンに冷えたそれをガリガリした。
銭湯ののれんを出ると、セーター料理をくれた彼女が、浜木綿色のセーターを着て待っていた。さっそく、きゅっと私の腕に、くっつく。
「アイスになるセーターは、着ていて涼しいからいいね。」
だって。
私たちは、真夏のアツアツを楽しんでいます。