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【うたすと2】人魚のリリーと渦潮(短編童話)

(2262文字)

その日、いつものように家の近所を散泳していた人魚の少女・リリーは、いつになく気が向いて、普段ならしないことをしてみようという気になった。ずっと気になっていた海流に、少しだけ乗ってみることにしたのだ。
その海流の潮の流れは、早くもなく、遅くもなく、実に心地の良い速さで流れていた。リリーは思わぬ気持ちよさに、進む時間も距離も忘れ、潮の流れにただ身を任せたまま、長い黒髪をご機嫌に揺らして鼻歌を歌う。
そうしていたものだから、いつの間にか完全に潮の流れにのまれ、その海流から出られなくなってしまったと気付いた時には、大層驚いたのだ。

「大変!どうしよう、このままじゃ私、帰れなくなっちゃうわ!」

それだけではない。海流の進む先には、なんと大きな渦潮があった。そこは東西南北の海流がぶつかり合い、大きな渦が絶え間なく巻いている場所であった。
恐ろしさに震えあがったリリーは、どうにか海流から出ようと、艶やかな薄紫の尾びれを闇雲にバタつかせる。と、その時。

「おやおや、海流の真ん中でそんなに尾びれをバタバタと。随分お転婆な人魚姫様だね」

ハハハ、と笑いながら声をかけてきたのは、同じように海流に乗ってやってきた海亀だった。彼は、自身のことを「バレー」と名乗った。

「私はリリー。人魚だけど、お姫様じゃないわ」
「ほほお。お姫様じゃない人魚とは珍しい。どれ、私の甲羅に乗っていくかい?」

ニコニコと目を細めてそう申し出たバレーに、リリーは一つ頷いて、ありがたく、その甲羅に座らせてもらうことにした。

「ありがとう。ずっと泳ぎっぱなしで、実は少し疲れていたの」
「まぁあれだけ暴れていればそうだろうよ。なに、この海流は泳ぐ必要もないのさ」

潮の流れに身を任せ、バレーは4つの立派なヒレをほとんど動かすことなく、スイーッと海流の中をすべるように泳いだ。そうしていつしか、あの大きな渦潮の中に、リリーとバレーはその身を置いていた。

「大きな渦ね。こんなの見たことないわ」
「これだけ大きければ、目も回らなくていいね」

のんびりと答えるバレーに、リリーは首を竦めた。逆らうことを決して許さないような力強い潮の流れに、大きな渦潮。出口も見つからないその中に入り込んでしまったというのに、バレーはそんなことちっとも気にしていないようだった。

「バレーは怖くないの?」
「怖くないよ、君がいるからね」

バレーの言葉に、リリーは思わず「私もよ」と言いたくなったが、我慢した。

「でもずっとこの渦の中から出られないかも」
「そんなことはないさ。何事にも終わりは訪れる。必ずね」

バレーはそう言いながら、自分達と同じように渦の中を流れる海の生き物たちをヒレで差して「ごらん」とリリーを促した。リリーはその一つ一つに目を向けた。
軍隊のように、列をなし乱れることなく進むイワシの群れ。一匹で気ままに機嫌よく尾びれを跳ねさせるシャチ。ぐいっとその体を直角に曲げて勢い渦から飛び出た鮫は、同じように曲がって曲がって、最後はまた渦の中へ戻って来る。一生懸命体を折り曲げ、ピョンピョンと後ろへ跳ねていたエビは、途中でバテたらしく大人しく潮の流れに身を任せることにしたようだ。

「みんながどんな思いでこの渦の中にいるか、わかるかい?」
「……いいえ。わからないわ」

彼らはみんな、楽しんでいるようにも見えるし、出たがっているようにも見えた。使命感に満ちた面持ちの者達は、この渦の中にどんな使命を見出しているというのだろう。

「そうだろうとも。じゃあ君は、どんな思いでこの渦の中にいる?」

バレーの、深い緑の苔が生えた甲羅の上で、リリーは考える。

「怖いわ。このままここにいたら、もう二度と元居た場所へ帰れないほど、遠くへ連れていかれそうで」
「リリーは元居た場所へ戻りたいのかい?」

バレーの言葉に、リリーは小さく目を見開いた。そうして少し考えて、首を振った。

「いいえ」

リリーがいた海に、仲間はいなかった。お友達もいなかった。ただほんのりとした光が浮かぶ海の底を、一人泳ぎ続ける毎日だった。
いつかどこかで仲間に会えたら。そう思いながらも、その寂しい海を離れることも怖くて、太陽が海の上から消える夜は、小さな岩陰の隙間をお家と呼んで朝が来るのを待った。朝が来ても、何も変わることはなかったけれど。

「戻ったところで、あそこには何もないもの」

そう悲し気に呟くリリーに、バレーは優しく笑う。

「でも今は違う」
「そう。そうね。今は違う」

リリーも明るく笑う。その時、直角に曲がってきた鮫に突き飛ばされて、リリーの体が渦潮の外にはじき出された。「おや失礼!」鮫は一言そう言い置いて、またカクカクと曲がって曲がって、渦の中に戻っていった。
驚くリリーに、バレーは朗らかに笑って、渦の中からヒレを振る。

「どうやら君の海流はそちらにあるようだね。アディオス、リリー!お元気で。またいつか、どこかで会えたら」

リリーは渦の外から、くるくると渦の中を回り続ける海の仲間達を見あげていた。渦の中のみんなは、何も変わりなく同じように泳ぎ続けている。
心細さに震えそうになりながら辺りを見回したリリーは、ふと、少し向こうの岩場の陰で何かが光ったのを見た。近づいてみると、それは、手の平にすっぽり収まるような小さなガラス瓶。ツルリとした透明なその中に、可愛い鈴なりの花が一輪、硬質にキラキラと咲いていた。
リリーはそれを手に取ると、心の底からニコリとほほ笑んだ。そうしてひとつ、渦の中の皆に大きく手を振ると、煌めく尾びれを力強くしならせて、温かな海流の中を泳ぎ出したのだった。

end.


今回はうたすと2の企画参加として童話チックはお話を書いてみました😄
オリジナルのお話はあんまり書かないのですが、書いてみると新鮮ですね。
また私は本当に短い話を書くのが苦手で、やはりというか2000文字にうまく収めることが出来ず……😓短文で綺麗にお話をまとめられる方が本当に凄いと思います……😫😫
少し募集要項に沿わない作品になってしまいましたが、折角書いたのだしとこそっと上げておきます。

最後までご覧下さりありがとうございました★


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