キムチめし
とある休日。火志磨の住むアパートで遊ぶ事にしたのはいいが、カチューシャが乗った電車が遅延を起こしているらしいと、火志磨と一足先に到着していたあずきのスマホにほぼ同時にメッセージが届いた。
「先にメシ食ってろってさ」
「手伝うわ」
「サンキュ、なーに作るかな……卵あったし炒飯とか……お、キムチ発見。早く食っちまわないとな……」
冷蔵庫を開け、まず卵のパックを手に取った火志磨の目に、陰で隠れていた物が留まった。奥から取り出したプラスチックのトレイに表記された賞味期限を見る。後数日は大丈夫らしい。ふと、火志磨は手元にあるキムチにぴったり合う冷凍室にある食材を思い出した。
「キムチ平気か?」
「大丈夫よ。この前、鮭キムチ作ったら美味しかったわ」
「何それ美味そう、今日は肉にしようぜ」
「そうね」
先日特売で買って冷凍してあった豚バラ肉を解凍のために電子レンジに入れる。解凍している間に野菜室にあったニラをひげ根を取ったもやしと同じくらいの長さにざく切りにし、タマネギは薄切りにする。ポットで沸かしたお湯を金属製のザルに入れておいた厚揚げにゆっくりと掛けて油抜きをし、水気をきって一口大に切る。あずきには炊飯と温泉卵を頼んだ。
ピーッという解凍を報せる電子レンジから取出した豚バラ肉を韮と同じくらいの大きさに切り、サラダ油を少しだけひいたフライパンで豚肉を炒めると、肉から溢れ出す肉汁の匂いに否応なしに腹が鳴る。一瞬豚丼や他人丼が思い浮かぶが耐える。豚肉が淡いピンクから白く変わり始めたら、玉葱、もやし、厚揚げと既にカットされているキムチをどっさりと入れる。
鼻の奥を刺激する匂いが台所に充満し、二人の空腹を更に加速させた。此処に後で大量のニラも入れるのだが、すぐにクタクタになってしまうのだから不思議なものだ。
全体がキムチの赤に染まったら、ニラをどっさり入れて少しクタッとなるまで炒める。瑞々しいニラは甘みが強く、簡単にお浸しにしても美味い。もやしと一緒にごま油で和えて、上から千切った韓国海苔を乗せたナムルも捨て難いが次の機会にする。
今度は炊飯器がご飯の炊き上がりを報せてくれるのを背中で受けながら、少しクタッとしはじめたニラを確認して、醤油を鍋肌に一回し。鍋肌で熱された醤油の香ばしい香りに自然と頬がゆるむ。横目であずきも目をキラキラさせているのが窺える。最後に黄金色のごま油をたらりと回しかけ、照りの出た豚キムチを皿に盛った。
「「頂きます」」
パンッと手を合わせてから、箸で豪快に湯気の立つ豚キムチを掴むとそのまま頬張る。ピリリッとした辛味が舌を刺激し、ごま油の風味が鼻を抜ける。もやしやそれ自体は淡白な味の厚揚げにもしっかりキムチの味が染みている。そしてほんのりと感じる醤油の風味が、日本人の舌に馴染む味にまとめ上げている。すかさず山盛りにした白米を頬張ると米の甘さが、また豚キムチへと箸を伸ばす。
二杯目は白米の上に豚キムチを乗せ、真中に温泉卵を落として即席のたま豚キムチ丼にして掻き込むと、卵でまろやかになって食べやすくなった。火志磨が豚キムチを作っている合間に、あずきは卵と残っていたネギで中華風スープを作ってくれた。それで口の中をさっぱりさせてから、また豚キムチに手を伸ばす。
カチューシャが食後にぴったりな甘いお土産を抱えて到着するまで、後一時間。