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日常の裏返し
私は、自慢ではないが、これまでの人生で数多くの引っ越しを重ねてきた。
と言うのも、持ち家で暮らした経験が一度もないからだ。
生まれてから今に至るまで、一つの場所に定住するということがなかった。
とはいえ、賃貸暮らしの中で、収入に応じた柔軟な生活をしてきたおかげで、なんとか今日までやってこれたのだろう。
だが、今日は私自身の話ではない。
長い付き合いのある友人の引っ越しを手伝った時のことを少し思い出してみたい。
もちろん、記憶の片隅に眠っていたものを無理やり引っ張り出してきたので、曖昧な部分もある。
だが、ここではその主観をもとに書き留めてみようと思う。
あれは、私が20代も中盤に差しかかった頃だから、おそらく10年ほど前のことだ。
元々、私は湘南の海沿いに生まれ育った。
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家庭の事情もあり、早くして上京することになったが、その引っ越しを手伝った友人も、また似たような境遇にあった。
彼とはすぐに親しくなったのだが、驚いたことに、その時の彼の住まいは自分の故郷と同じ場所にあった。
しかし、それは自分が慣れ親しんだエリアではなく、少し離れた、いわば「他校の領域」とも言える場所だった。
そこは海には近いものの、観光客が足を踏み入れるような場所ではなかった。
どこか取り残されたような、地元の人間だけが知る隠れた区域。
そこそこに偏差値の低い高校の近くには寂れた団地がひっそりと佇んでいたりなど、華やかな観光地とは違い、そこには真の地元の雰囲気が漂っていた。
引っ越し当日、最終的な荷物の運び出しと、運転手の役割を担うことになった私。
友人から聞いていたのは、駅から少し離れた孤立した場所にあるマンション。
大して期待はしていなかったが、現地に向かう途中、私の心には次第に曇りが広がっていった。
湘南の細い道は慣れているつもりだったが、その道はまるで崖に向かって進んでいくかのような不気味な一本道だった。
もちろん、本当は一本道ではない。だが、その道は何か得体の知れないものに導かれているような、怪しい雰囲気が漂っていた。
そして、目の前に現れたのは、廃墟か、病院か、なんとも形容しがたい建物。
古ぼけた石造りの壁は、まるで沖縄にある風化した遺跡のようで、年季が入りすぎているとしか言いようがない。
マンションと呼ぶにはあまりに時代を感じさせる外観だった。
マンションの下は駐車場になっていたが、居住者の私物が溢れかえり、無秩序に積み重なったその光景からは、一目で「民度」が垣間見えた。
薄々感じてはいたが、この家賃であれば、まあ、これくらいの環境でも驚きはしない。
ふと、上を見上げた先のベランダ。
ゴミの山に混じり、穴の開いたサーフボードが無造作に置かれている。
それを目にした瞬間、ここがどんな場所なのか、言葉ではなく直感で理解した気がした。
階段を上がりながら、何かが胸に引っかかるような違和感が増していく。昼間だというのに、廊下は薄暗く、古びた蛍光灯がチラつき、かすかに光を放つ程度。ひときわ寒気を感じた瞬間、体感温度が急に下がり、全身に鳥肌が立った。
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「…ここ、やばくないですか?」思わずそう口にしてしまった。
友人は振り向きもせず、顔色一つ変えずに答えた。「両隣、気狂いだからさ。」
その言葉に背筋が凍りついた。
今日が引っ越しの日で、本当に良かった。
もしこの友人がこれからもここに住み続けるつもりだったなら、なんとかして、穏やかにこの場所を去らせる必要があると感じた。
誰かに監視されているかのような気配がする薄暗い廊下を抜け、私は重く錆びついた扉の前に立った。
息を飲んでそのドアを開けると、友人の部屋が現れた。
扉を開けた瞬間、部屋の中から漂う何か異様な気配が、私の五感を刺激した。
窓から差し込む光が届かず、部屋全体が薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。
既に片付けも終盤なのであろう、家具は最小限でありながら、どこか無機質で冷たさを感じさせる空間。
それでも、私は気丈に振る舞おうとしたが、足元から沸き上がる不安感が止まらなかった。
~続く~