灰色のあしあと_ヒーロー
灰色の虎と「ヒーロー」
僕の全身から振り絞ったように出した鳴き声は、激しく降り始めた雨によってかき消された。
空は怒ったように鈍い音を立てて、雲が見たことのない恐ろしい「イキモノ」のようにうごめいている。
また、大きな音が空から落ちてきた。
僕は真っ白な光に全身が閉じ込められていくような感覚に襲われて、咄嗟に前足で目を隠した。
激しい雨が打ち付けて、身体に力が入らない。
その時だった。雨が一瞬止まり、身体が「ふわり」と宙に浮いた。
僕は混乱して必死で足をバタバタさせた。でも僕の身体は浮いたままだ。怖くて目も開けられない。全身を守るようにギュッと丸めて、この浮遊感がおさまるのを待った。
ユラユラと不思議な浮遊感は、すぐにおさまった。明るくて暖かい、光のある場所へ着いたようだ。
おそるおそる、目を開ける。
目の前には、真ん丸の4つの目。2つはどこか懐かしさのある緑色。もう2つは雨上がりの空みたいな青色だ。その綺麗な4つの目が、何なのか分かって、僕は全身の力が抜けた。
「う…!…リー…、ラァ……。」
そして、口から鳴き声ではない音が出てきた。その音を聴いて、4つの目はみるみる細くなっていた。
『ハイイロが…!しゃべった〜!』
リーンとラックだ。
いつのまにか洞窟の中まで、戻ってきていた。
すると、後ろから聞いたことのない声がした。
「白うさぎ、大丈夫か?」
「は…はい…。」
白うさぎはその低く響く声に、洞窟の奥の方で丸まって、カタカタ震えながら答えた。
僕はその声のする方を見た。
そこには、僕とよく似た形をしたイキモノがいた。でも、毛色も身体の大きさも違う。
雨水が滴り落ちる毛は、限りなく黒に近い墨色。身体は、僕よりかなり大きい。瞳は夕焼け色をしている。
雲ひとつない夕焼けが、こちらを見た。
「挨拶が遅れた。わたしは『ファウル』という。」
真ん丸の夕焼けはみるみる細くなって、見えなくなった。その代わりに口が開いて、尖った牙が整列してキラリと光った。周りの空気がふわふわと軽くなっていくのを感じた。
なんでだろう。
僕は心の中が、じわじわと温かくなるのを感じた。気が付くと、僕は同じような顔をして笑っていた。
洞窟の外が少し静かになった。
すると、白うさぎもいつものキリッとした顔付きに戻って、僕のところに跳んできた。
「雷だけは苦手なのです。大丈夫でしたか?」
そう言うと、白うさぎはファウルと僕に、暖炉の前で濡れた毛を乾かすように促した。ゆらゆらと揺れる暖かな炎の前で、ファウルは「雷」について教えてくれた。そして、「ファウル」について話してくれた。
「ファウル」はこのチームの「長」。「長」とは、チームに配属されたイキモノを「まとめる」役割があるらしい。
僕は、言葉がまだ少ししか理解できなかった。ファウルの瞳の夕焼け色がゆらゆら変化するのを見ながら、その話をただただ聴いていた。
リーンとラックは、後ろでにまにましながらそれを聞いている。
「雷なんて怖くないよ!」
「白うさぎ、よわよわー!」
それを聞いて怒った白うさぎから、2匹は笑いながら逃げ回っている。
僕は、それを横目で見ながら、頭の中の辞書にこう書き記した。
『「ファウル」はチームの「長」。』
『「長」はチームのイキモノを「まとめる」。』
『ファウルは僕を助けてくれた。ファウルは僕の「ヒーロー」。』
そして、ファウルの笑い顔を想い出しながら、似顔絵を描いた。上手には描けなかったが、僕は満足したように鼻から息を吐いて、頭の中の辞書を「パタン」と閉じた。
洞窟の中の温かな、ふわふわした空気は、白うさぎの作ってくれたココアの甘い香りと一緒に、洞窟の外へと流れていく。
雨上がりの澄み切った空は、夕焼け色から宙色に暮れていく途中だ。
一番星が、昼と夜の真ん中で、キラキラと輝いていた。