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グラフや数字の見せ方により白黒が逆転

 医療の世界に限りませんが、私たちはグラフを日常的によく見ますし、データをグラフ化することで全体の状況が一目でわかり、伝えたいメッセージがはっきりと伝えられます。しかし、グラフは見せ方いかんで黒を白と言うことができてしまうので注意が必要です。要するに自分の主張を正当化するためにグラフを使って錯覚を誘うことができるということです。ただしこれはデータを改ざんしているわけではないのでウソを言ってるわけではありません。錯覚してしまう私たちが悪いということです。


喫煙の有無による肺がんになる率

喫煙と肺がんとの関係でも白黒が逆転

 例えば上図をご覧ください。これは喫煙の有無により肺がんになる人の割合を示したグラフです。これを見ると、喫煙者が肺がんになる割合は、非喫煙者が肺がんになる割合よりも3倍以上も高いということが一目でわかります。

喫煙の有無による非肺がん率

 では同じテータを基に、喫煙の有無により肺がんにならなかった人の割合、つまり非肺がん率をグラフ化したのが上図です。これを見ると、男性の99.8%、女性の99.9%が実はタバコを吸っていても肺がんにならなということがわかります。これを見る限り、タバコを吸っても肺がんになることはほとんどないということがわかります。
 先ほどのグラフと全く同じデータを使っていますが、このように見せ方いかんで印象が逆転しまうのです。
 要するに喫煙者1000人のうち3人が肺がんになり、一方は非喫煙者1000人のうち1人が肺がんになったというデータを見て、前者の方が後者よりも3倍も肺がんになる率が高くなると言っているのが最初のグラフです。また喫煙しようがしまいが、1000人のうち997人は肺がんにはならないということを言っているのが次のグラフです。でもそのような言い方をしたら、みんな「な~んだ、タバコを吸おうが吸うまいが結局はほとんど肺がんにはならないんだ」と思われてしまうので、喫煙の害を訴えたい人からすると不都合なのです。ですから「タバコを吸うとがんになる」という錯覚を持ってもらえるようにグラフ化の見せ方を工夫しているのです。
 ちなみに私はタバコを全く吸いません。また肺がんに限るとこのようなデータになってしまいますが、実際には肺がんのみならず、他のがんや心筋梗塞、慢性の呼吸不全といった様々な病気にも悪影響を及ぼすため、総合的に見て喫煙は健康には有害なものであろうと思っています。

検診の有用性も白黒が逆転

 今度は数字のトリックの例を見てみましょう。
 以下のようながん検診があったならば、あなたは受けますか、それとも受けませんか。

 ①受診することで死亡率が17%低くなるがん検診
 ②受診することで死亡率が0.04%低くなるがん検診

 たいていの人は①の検診だったら受けるかもしれませんが、②の検診はほとんど意味がないので受けないと思う人が大半ではないでしょうか。
 実はどちらも、乳がん検診で今盛んに行われているマンモグラフィーの受診の有無により、乳がんの死亡率がどれくらい低下したかを示したものです。ちなみにマンモグラフィーとは乳房を板で挟んだ状態で写真を撮ることで乳がんを発見しようとする検査のことです。
 ①も②も同じデータをもとに解析しているにもかかわらず、なぜこんなにも結論が変わってしまうのかについて、もう少し具体的にお話しさせていただきます。

マンモグラフィー検査と乳がん死亡率の関係

 上図はマンモグラフィーの乳がん検診を受けた約61万人を四つのグループに分けたものです。
 これを見てわかるようにマンモグラフィー検診を受けたにもかかわらず乳がんで亡くなった人の割合は0.19%であったのに対して、マンモグラフィーを受けずに亡くなった人は0.23%でした。これだけを見ると、どちらも0.2%くらいで、ほとんど変わらないように見えてしまいます。実際には、検診を受けることでどれくらい死亡率が減るかというと0.23-0.19=0.04ですから、0.04%だけ死亡率を減らすことができるということです。
 しかし、それだとマンモグラフィーでの乳がん検診を推し進めたいと思っている人たちには都合が悪すぎます。だからこそ、検診を受ける方がずっとメリットがあるように見せないといけません。それがもう一つの見せ方です。これは検診を受けると乳がん死亡率が0.23%、受けないと0.19%低下するという数値を比較し、どれくらい危険度が低下させられるかを見たものです。その計算方法は(0.23―0.19)÷0.23≒0.17です。死亡率が0.23%が0.19%に低下したのですから、死亡率が低下した割合は17%だと言っているのです。

 このような表現の仕方は、マンモグラフィーを受けると実際には乳がんの死亡率は0.04%しか低下しないのに、あたかも17%も低下するかのようにみせるためのテクニックです。ただし嘘を言っているわけではないので間違っているとは言えませんが、誇大広告と同様、これを見た人に誤解を与えるような表現の仕方になっています。私としては患者さんの判断に誤解を与えるような言い方はするべきではないと思うのですが、今のところそれを取り締まろうという動きはありません。

マンモグラフィー陽性でも乳がんである確率は1.5%!

 さらにここには、もうひとつ大きなトリックが隠されています。たとえば、乳がんの患者さんがマンモグラフィーで陽性と判断される確率を99%とします。一方で、乳がんではない女性がマンモグラフィーで陽性になる確率(偽陽性率)を10%とします(実際、平均するとこの程度です)。また通常の女性が乳がんになる率は、人口10万に対して150人くらいですので女性の乳がんになる率は0.015%になります。これをベイズの定理という方法を使って計算すると、検診を受けマンモグラフィーで陽性だと診断された患者さんが、本当に乳がんである確率はたったの1.5%ということになります。
 マンモグラフィーの検査で乳がんの可能性があると言われれば、多くの人はほぼ乳がんだと言われたと同じだと思ってしまい不安になると思います。しかし、最終的に本当の乳がんだと診断される人はたったの1.5%しかいないのです。最終的な結果が出るまでの不安や、何回も検査をする時間的、経済的負担を考えると、あまりにも効率が悪い検査だて言えるのではないでしょうか。
 このことから、マンモグラフィーでの乳がん検診は本当に必要なのかが議論され、アメリカでは50歳未満の女性に対するマンモグラフィーの検査は、利益よりも不利益の方が大きいという結論になり、推奨されないということになりました。しかし日本ではいまもなおマンモグラフィーは普通に進められているというのが現状です。
             イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru


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