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2,心の治癒力には「きっかけ」が必要

心の治癒力とは


 心の治癒力とは何でしょうか。実はこれに答えるのはなかなか難しいのですが、ごく簡単に言うと安心感や信頼感、期待感、希望といった肯定的な思いの源泉となる「無意識の力」のことです。その働きは多岐にわたりますが、私が心療内科医であった頃は症状や病気を治す力という、まさに言葉通りの意味でこれを使っていましたが、これは狭義の意味での心の治癒力です。そのうち段々とその概念は広がりを持つようになり、今では日常の悩みや問題を解決したりする力、困難な状況を耐え忍び、そこから立ち直る力、さらには自分を信じ、慈しむ力もすべて心の治癒力だと考えるようになりました。

 ところが医療現場では狭義の意味での心の治癒力の存在ですらあまり認識されていません。もちろん、ストレスといった心の負担が病状を悪化させるという意味で、心が体に影響を及ぼすという認識はある程度されています。しかし逆の意味での心の影響力、つまり安心感や期待感、希望といった思いが病気や症状の改善に影響を及ぼすという認識はあまりないように思います。

心の治癒力と「つながり」や「きっかけ」

 ただ現実では、病気や症状の改善に心の治癒力は必要不可欠な要素であり、特に治療においては、心の治癒力がどれくらい発揮されるか否かにより、改善具合やよくなるまでの期間に影響を及ぼします。その意味でも治療における心の治癒力の働きはとても重要なのです。

 ただし、ここで誤解のないように言っておきたいのですが、心の治癒力が十分に発揮されるためには「つながり」や「きっかけ」が必要であり、その結果として安心感や信頼感、期待、希望といった思いが生まれ、それが自然治癒力を促進させ病気や症状を改善させるのです。

点滴と心の治癒力

 例えば、急性胃腸炎で救急外来を受診する患者さんはたくさんいます。冬場などは特にそうですが、夜から下痢や嘔吐が始まり、朝方までずっとトイレから出られないような状況になる患者さんも少なくありません。そんな患者さんを診察し、急性胃腸炎だと思うので点滴をしましょうと言ってベッドに寝てもらい点滴をします。このときの点滴は単なる生理食塩水であり、急性胃腸炎の症状を改善させる薬など入っていません。それでも、多くの患者さんはしばらくするとすやすやと寝始め、点滴が終わる頃にはだいぶましになったと言って帰るのです。なぜ患者さんの症状が改善するかというと、それは安心感や期待感によるものです。

 つまり、点滴が「きっかけ」となり心の治癒力が活性化され、無意識レベルで安心感や期待感が生まれたからこそ安らかな眠りにつき、症状も多少は軽減すると考えられます。実際にはその後2,3日かけて次第に改善していくことになるのですが、それは自然治癒力がうまく働いてくれた結果だと言えます。

 薬と心の治癒力

 また、不安の強い人が抗不安薬を飲むと不安が軽減するというのも同じです。抗不安薬は不安感を和らげてくれる薬であり、不安障害やパニック障害の患者さんがよく使っています。不安に駆られると、いても立ってもいられなくなり薬を飲むのですが、早い人だと飲んで5分程度で、遅い人でも30分くらいで不安感は収まってきます。そのため薬が不安を軽減してくれたと思われがちですが実際はそうではありません。なぜならば、抗不安薬は飲んで体内に吸収され、有効成分がそれなりの働きをしてくれるようになるまでに2時間程度かかります。ですから30分以内で不安が治まったのは薬の効果ではなく、薬を飲んだことにより心の治癒力のスイッチが入り、それで安心感が生まれた結果なのです。

「行為」が心の治癒力を引き出す

 このように、薬を飲むとか点滴をするという「行為」が心の治癒力を活性化させる「きっかけ」となり、それが自然治癒力の働きを促すことで最終的に症状の改善や病気の治癒につながるからです。心の治癒力はとても重要ですが、それを引き出す「きっかけ」としての内服や点滴といった「行為」もとても重要なのです。

 ただし、その際の行為は必ずしも薬や点滴である必要はありません。鍼灸や整体、アロマセラピーといった代替療法(西洋医学以外の治療法)でも、人によってはそれらの行為がきっかけとなり心の治癒力が引き出され、症状の改善につながることも十分にあります。

代替療法と心の治癒力

 ただ、西洋医学の医者は、鍼灸や整体といった代替療法があまり好きではありません。西洋医学が絶対であり、他の治療法ははっきりとした科学的根拠もないので効かないと思っているところがあるからです。しかし実際は違います。科学的根拠があることと、効果があることとは必ずしも一致しないのです。なぜならば、そこには心の治癒力が関与するからです。例えば、鍼灸や整体そのものの効果がなかったとしても(私はあると思っていますが)、それをしてもらうという「行為」が心の治癒力のスイッチを押し、その結果として安心感や信頼感、期待感といった思いが生まれてくれば、当然自然治癒力もより活性化され、症状の改善につながるのです。

 ですからどんな治療法であっても、結果として心の治癒力がうまく引き出すことができれば、症状の改善につながることは十分にあるのです。もちろん治療そのものにも効果があるのであれば、より一層、治療効果が期待できるというわけです。治療そのものの効果と心の治癒力による効果のどちらがより有効性が高いのかということはわかりませんし、相乗効果としての結果であることも考えられます。

 西洋医学の薬や点滴も同様です。薬や点滴そのものの効果もある程度はあるでしょうが、一般的な薬の場合、例えば抗うつ剤や抗不安薬、鎮痛剤といったものは、薬自身の効果に勝るとも劣らず心の治癒力の働きが症状の改善につながっていることが知られています。この点については、次回以降に、その具体的な事実を通して詳しく書かせて頂きます。
              イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru


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