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医者嫌いの医者が言いたいこと

医者嫌いの私が医者になった理由

 私が医者になろうと思ったのは高校2年の頃です。もちろん病気で苦しんでいる人を救ってあげたいという純粋な思いもありましたが、実はもうひとつ大きな理由がありました。それは「西洋医学を変えたい」という思いでした。今思うと何とも大胆不敵で身の程知らずのうぬぼれだと思うのですが、当時は真剣にそう思っていたのです。


心と身体はつながっている

 なぜならば私は高校時代から、身体ばかり診て心を蔑ろにする西洋医学に疑問を持っていたからです。心身一如という言葉があるように、心と身体はつながっており、両者をバラバラにして考えることなど本来できません。ところが実際は、心などというやっかいなものは脇に追いやり、目に見える身体ばかりが優先され、まるで機械の故障を直すかのように病気の治療をする西洋医学の考え方は偏りすぎていると思っていたのです。

自然治癒力の存在

 もうひとつ疑問に思っていたことがあります。それは自然治癒力の軽視です。ちょっとしたケガや風邪が何もしなくても治るのは、この自然治癒力が人には備わっているからだということくらい誰でも知っています。つまり病気が治る原点は自然治癒力にあるのです。治療はそれをサポートするという位置づけであるにもかかわらず、いつの間にか薬や手術が病気を治す主体であり、自然治癒力など存在しないかのように軽視されてしまっているのです。その結果、自然と治る病気や症状でさえも、過剰もしくは不必要な治療がされている現実に大きな疑問を持っていたのです。
 だからこそ、身体だけではなく心や自然治癒力の存在をもっと大切にした医療を実践し、少しでも医療の世界を変えたいというのが当時の純粋な思いでした。

身体的治療も大切

 ただ、実際に大学で西洋医学を学び、卒業後研修医として様々な患者さんの治療に携わるようになると、自分の考え方もかなり偏っていたことに気づきました。それまでは心や自然治癒力が最も大切だと思っていたのですが、実際には救急や外科疾患のように身体面を中心にかかわる必要性の高い病気もたくさんあります。そのような病気は当然、心や自然治癒力よりも身体的治療が優先されるべきだという当たり前過ぎる事実をやっと認識できるようになったのです。ただしその一方で、心身症や生活習慣病のように身体を中心としたかかわりだけでは限界がある病気もたくさんあることもわかってきました。

そんな私が気づいたこと

心の治癒力の存在

 研修医としての3年間のトレーニングを終えたあと、心と身体のつながりを大切にする心療内科の道に進むことにしました。心療内科医になってからの一番の気づきは、人には自然治癒力だけではなく、心にも症状や病気を治す力、つまり「心の治癒力」も存在しているということでした。以来、いかに「心の治癒力」をうまく引き出し、病気や症状を治すかということにエネルギーを注ぐようになり、その手段として心理療法を積極的に取り入れるようになりました。

点滴や薬と「心の治癒力」

 さらに、薬や点滴に対する考え方も変わりました。以前は薬や点滴はあまり好きではなかったのですが、安心感や期待感といった「心の治癒力」を活性化させるための一つの手段として薬や点滴を利用することもできると考えるようになったのです。

 もちろん、薬や点滴自体にも病気や症状を改善させる力はあります。しかしそれは全体の一部であり、多くの場合、薬や点滴によって安心感や期待感といった「心の治癒力」が引き出され、それが治療効果を底上げすることで症状が改善されるという側面の方が大きいのではと考えるようになったのです。

緩和ケア医として

 現在は緩和ケア医となり、日々終末期のがん患者さんとかかわっています。緩和ケア医になってからは、「心の治癒力」により末期がんが消えたりするという経験もしました。そのようなことから、いかに患者さんに安心感や信頼感、期待感、希望、可能性をもたらすようなかかわり方やコミュニケーションが重要なのかを再認識させられるようになりました。

 このような経験から、心と身体のバランスを考えながらかかわることや、医学的視点のみならず患者さんの思いや考え方を踏まえたうえでの対応が必要であることも学んでいきました。ともすれば、自分が正しいと思う考えを患者さんに押しつけてしまっているところがありましたが、患者さんの思いや価値観を大切にし、それに基づいて治療することの重要性も次第にわかってきました

「認知バイアス」の存在

 そんなことは当然だと思われるかもしれませんが、このことを頭で理解しているのと、それが実際にできるということとは全く違うのです。なぜならば、人は誰でも「認知バイアス」という、知らず知らずのうちについ自分に都合のよいように考えてしまうクセがあるからです。

 例えば、医者から手術を勧められたさい、「この手術による死亡率は10%です」と説明を受けるのと「この手術による生存率は90%です」と説明を受けるのとでは、後者の方が圧倒的に手術を受ける患者さんが多くなります。これは「フレーミング効果」という認知バイアスが働いたからです。

 このように認知バイアスは、診断や治療、患者さんとのかかわりに大きな影響を与えることになるのですが、そのことを意識するようになったのは医者になって20年以上経ってからのことです。

そんな私が考えるようになったこと

 さらに最近では、経済的、社会的な視点から医療を見ることで、新たな側面も見えるようになってきました。当然のことですが、医療の世界といえども経済的な側面を抜きにしては語れません。

医療とお金のつながり

 病院は病人を治すところですが、もし患者さんがみな健康になってしまったら病院は確実に潰れます。つまり、病人が減ってしまうと病院が成り立たないという大いなる矛盾の上に病院経営は成り立っているのです。患者さんがたくさん来てくれるからそこ、新しい医療機器が購入できるのであり、また製薬会社のMR(医薬情報担当者)も頻繁に病院を訪れ、医者に新薬を採用してもらうからこそ経営が成り立つのです。 

 世の中はすべて経済の循環の中で成り立っているのであり、利潤を上げることを考えなければ病院も企業もやっていけないのです。そのため、このシステムの中で働く医療者は、患者さんのことを大切に思うと同時に、病院の利益のことも考えざるをえないのです。

過剰医療のリスク

 ただし、そのようなシステムの中で医療を実践することは、つい過剰医療になってしまうというリスクもはらんでいます。経済的な視点のみから見るとウィンウィンや三方よしの関係が最もよいと思われますが、その一方でそれが健康被害の増加や、かえって患者さんを苦しめるような結果を招いている可能性もあるのです。

 ですから、このような社会の現実を知ってもらうとともに、薬などの一般的な治療のみならず、「心の治癒力」や「認知バイアス」の働きが治療効果や医療的判断に大きな影響を与えていることを先ずは知ってもらいたいと思っています。

 そうすることで医療者は自分の態度や説明の仕方に対する意識が大きく変わってくるでしょうし、また患者さんも不必要な治療や検査を受けることを避け、ある程度の病気や症状であれば自分で治すという意識が持てるようになるのではと思うのです。


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