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心の治癒力を発揮させるスイッチ

 薬や点滴、手術、鍼灸や整体といった様々な療法を受けることが「きっかけ」となり心の治癒力のスイッチが押され、その結果、安心感や期待感、信頼感といった無意識の力が活性化され、自然治癒力(体の治癒力)の働きが促進されることで症状や病気がよくなるということについては、今まで詳しくお話ししてきました。
 ここではそのような直接的な治療行為以外で心の治癒力のスイッチがONになるものについて述べたいと思います。その代表が安心感や信頼感をもたらす「つながり」、つまり医者や治療家と患者との関係性です。


信頼感というスイッチ

 当然のことですが、医者患者関係は患者の心の治癒力を活性化させる重要な要因のひとつです。病気の治療において医者はもっとも大きな影響力を与える存在だといっても過言ではありません。その医者と信頼関係が築かれていれば、患者が安心感や信頼感を抱くのはごく自然なことです。また、この先生だったら自分の病気を治してくれるという無意識レベルでの期待感も抱くのもごく普通のことです。これらの安心感や信頼感、期待感といった思いはすべて心の治癒力の表れであり、その状況で何かしらの薬がその医者から投与されれば、それが「きっかけ」となり一気に心の治癒力が活性化され、病気や症状が改善していく方向に向かうことは想像に難くありません。

心身症における信頼関係と改善率

 実際、心身症の治療における医者との信頼関係が改善率に及ぼす影響を調べた研究があります(図1)。これによると、同じ治療をしたとしても、主治医と良好な関係が築かれている場合は50%の改善率を認めるのに対し、信頼関係がうまく気づかれていない場合は10%と極端に低下してしまいます。このことからもわかるように、信頼関係が築けているか否かは治療効果に大きな影響を与えるのです。

図1

過敏性腸症候群における信頼関係と改善率

 医者患者関係が治療効果に大きな影響を与えるという研究は他にもたくさんあり、例えば、慢性的に下痢や便秘、腹痛などの症状が続く過敏性腸症候群(IBS)の患者に対して、治療者の態度の違いが鍼治療の効果に及ぼす影響についての研究があります。
 これは262名のIBS患者を任意に三つのグループに分けます。そのグループは①無治療(無処置)のグループ、②患者との交流を最小限にした偽鍼治療群、③温和で共感的態度で接した偽鍼治療群の三つです。この際使用される偽鍼は、刺さったように見えるだけで、実際には刺さらない仕組みになっている鍼のことであり、②③はこれを週2回、計6回、上肢・下肢・腹部のツボではない場所6~8カ所に偽鍼治療を行いました。②の、患者との交流を最小限にしたグループでは、「これは科学的な研究であり、患者との会話をしないように指導されています」と言って、偽鍼を20分間刺したフリをして患者を一人で寝かせたままにしておき、最後も鍼を抜くフリをして終了します。一方患者との交流をする③では、偽鍼による治療の方法は同じですが、患者に対して温和で親しみのある態度で積極的に傾聴し、また共感的な態度も示しながら偽鍼治療を行ないます。

図2

 その結果が図2です。症状が十分に楽になった割合は①は28%、②は44%、③は62%となり、各々で統計的に有意な差がありました。ここでわかることは、本当の鍼治療を受けなくても(プラシーボによる治療)、①のように自然経過である程度は改善してしまいますし、②のようにプラシーボ治療であっても、期待感などの心の治癒力が引き出されることで症状が改善するのです。さらに③のように、そこに治療者が患者に対して温和で共感的な態度でかかわることで、心の治癒力はさらに引き出され、結果として62%もの患者の症状が十分に改善するということになるのです。
 要するに、患者と治療者との関係性がよければ、それだけて心の治癒力が大きく活性化されるため、明らかにそれが症状の改善にもよい影響を与えるということです。

医者の態度による改善率の違い

 またやや古い論文ですが、はっきりした病気がないにもかかわらず様々な症状をうったえる患者(一般的には自律神経失調症という病名が付けられる傾向にあります)に対する研究もあります。
 重大な病気がないことを確認した上で、そのような患者200人を集め、100人ずつの二つのグループにランダムに分けます。一方の100人には、医者は肯定的な態度でのぞみ、「これは2,3日でよくなると思いますよ」と伝えます。さらにそのうち半分の50人には「これでよくなるでしょう」と言ってプラシーボ(乳糖など薬効のないもの)を処方し、残りの50人には何も処方せずに帰ってもらいます。また、残りの100人に対しては、医者は拒否的な態度でかかわり「いろいろと調べてみましたが原因がはっきりしません」と伝えたうえで、50人には「この薬は効くかどうかわかりませんが、とりあえず飲んでみてください」と言ってプラシーボを処方し、残りの50人には何も処方せずに帰ってもらいます。

図3

 これらの患者がどのような結果になったかが図3です。つまり肯定的態度で接した場合、64%が症状の改善を認めたのに対して、拒否的態度で接した場合は39%でした。またプラシーボを処方したか否かによっては大きな差はありませんでした。つまり、この研究ではプラシーボを処方するか否かよりも、医者の患者に対する態度の方が症状の改善に影響を与える可能性があることがわかります。
 このように、医者の態度や医者患者関係の程度により、心の治癒力の活性化される程度が異なり、症状の改善に大きな影響を与えることになるのです。           イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru


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