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1,何が病気を治すのか

自己治癒力とは
 医者は病気を治すのに薬などを使って治療しています。しかし本来人には自分で自分を治す力や癒やす力、つまり「自己治癒力」が備わっています。それがまさに人が生きていくための根源的な力であり、生命の生命たるゆえんとなる力です。
 自己治癒力には身体的な側面と心的な側面があります。身体的側面は「自然治癒力」であり、心的側面は「心の治癒力」と私は言っています。この二つは車の両輪であり、両者が相互作用的に機能することで自己治癒力が成発揮されます。基本的にこの力が病気や症状を改善させているのです。


自然治癒力への疑問

 自然治癒力という言葉はよく耳にすると思います。ちょっとした風邪やけがなどは何もしなくても自然とよくなります。それは自然治癒力があるからに他なりません。ただし、私は心療内科医になってから自然治癒力という考え方に疑問を持つようになりました。なぜならば、自然治癒力とは自己治癒力の身体的側面のみを意味しており、心的な側面が含まれていないからです。しかし実際には自然治癒力が単独で機能しているわけではなく、安心感や信頼感、期待感、希望、可能性といった心の状態も少なからず関与しているのです。ですから病気が治るということを考えるさい、自然治癒力のみならず心の治癒力にも目を向ける必要があるのです。

医者は自然治癒力が嫌い?

 これだけ大切な自然治癒力や心の治癒力ですが、医療の世界ではこれらの言葉はほとんど使われることはありません。もちろん、医者も自然治癒力の存在は知っていますし、手術後に切開創を縫い合わせておけば自然とくっついてくれるという事実からも、十分にその存在を実感していると思います。しかし、医療の世界は「機械を修理する」的な考え方が主流のため、病気を治すためには医者が何かしらのことをしなければならないという潜在的な思いがあります。ですから放っておいても治るような病気であっても、自然に治るのを待つという発想にはならず、何かしらの治療的かかわりをしなければならないという思いになってしまうのです。風邪で病院に来る患者さんに対して、必ずしも必要とはしない薬が出されてしまうのもそのためです。

患者も自然治癒力が嫌い?

 もっとも、病院に来る患者さんも「機械を修理する」的な考え方を持っているので、風邪をひいたら薬を飲まないと治らならないといった間違った思い込みを持っている人も少なくありません。そんな患者さんの思いに応えようとすると、医者も不要だとわかっていても薬を出さざるをえないところがあります。
 実はそれを思い知らされたエピソードがあります。私が大学病院で心療内科の研修医をしているとき、当時は大学病院から給料が出なかったので出先の病院でアルバイトをすることで生計を立てていました。その際、一般の内科外来の患者さんを診ていたのですが、鼻水が出てきたので風邪の引きかけだと思って来ましたというような患者さんには、自然治癒力の話をして薬は出さずにそのまま帰していました。すると、後日、患者さんから、薬もくれない医者がいると病院に苦情が入り、院長から薬を出すようにと言われ、やむなく最低限の薬を出すようになったという経験があります。
 どこの病院でも今は、患者さんが来たら必ずと言ってよいほど薬が処方され、また患者さんも薬をもらいたいと思って来る場合がほとんどです。なかには風邪をひいたから抗菌剤(抗生物質)がほしいという患者さんもいます。風邪には抗菌剤は無効だと言うことは医者であれば誰でも知っていますし、それを安易に処方することは抗菌剤が効かない耐性菌を増やすことにもなり世界的な問題となっています。実際WHO(世界保健機関)も毎年、世界抗菌薬啓発週間を設け、抗菌薬の不適切な使用に対して警鐘を鳴らしているくらいです。ただ実際は、あまり波風を立てたくないのか、患者さんが来なくなると困ると思っているのか、医者は患者さんの言われるままに抗菌剤を出すケースが後を絶ちません。

心の治癒力はオカルト?

 自然治癒力ならまだしも、心の治癒力となると、ほとんどの医者はその存在すら考えることはありません。心と身体がつながっていることは誰もが知っているのですが、心が病気を治すなど言うと、宗教やオカルトではといった誤解を受けかねません。
 心の大切さを十分に理解している心療内科医でさえも、うつや不安といった症状に対しては抗うつ剤や抗不安薬という薬を使うことがほとんどですし、私のように薬を使わないで治療をしようという医者はごく希だと思います。
 多分、心療内科医であっても、結局は心も身体(脳?)の一部として理解し、それを治すためには、医者が薬を処方するのが当たり前だという考え方が一般的になってしまっているのではないでしょうか。もっとも、薬を使わずカウンセリングなどで治療をするとなると時間や手間がかかり、なおかつ今の保険診療でやる限りほとんど利益にもなりません。医者も生活をしていかないといけないので、そんな非効率な方法は現実的ではないのです。ですから結局従来通りの薬で治療するという方法になってしまうことは、ある意味致し方ないところがあります。
 こうして考えてみると、自然治癒力や心の治癒力は病気を治す上でなくてはならない根本的な存在なのですが、それが医療の世界では蔑ろにされているという現実があります。私は病気の治療をする際には、先ずは自然治癒力や心の治癒力を中心に置き、それらの力を最大限に発揮できるようサポートするための存在として薬や手術があると考えています。その順番を間違えると、安易に薬や検査に頼ってしまう過剰医療が当たり前になりかねません。特に医療現場では心の治癒力の存在はとても重要なのですが、その点に関してはほとんど理解されていません。そこで今後は、心の治癒力がいかに医療の中で重要な役割を果たしているのか、その点について様々な視点から書いていきたいと思います。
             イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru


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