手術をしたフリでも効く!
患者さんにとって手術を受けるというのは、人生における大きな出来事のひとつであることは想像に難くありません。もちろん手術を受けることで病気がよくなることを期待していますし、手術そのものの効果も当然あります。特にがんなどのように異常部位を取り除く手術は十分にその効果が認められています。その一方で、痛みやめまいといった症状を改善するための手術はかなりプラシーボ反応、つまり心の治癒力による効果が大きいこともわかっています。
心の治癒力による効果だと言っても、当初は手術そのものによる効果だと思われていました。しかし、あるときこれは本当に手術による効果だろうかと疑問をもつ医者も出てきたため、それでは実際に確かめて見ようということでいくつかの研究が行なわれました。
プラシーボ手術
症状の改善が本当に手術によるものなのかを確認するためには、実際の手術と、手術をしたフリだけのプラシーボ手術(シャム手術)で、症状の改善に差があるかを比較する必要があります。プラシーボ手術の場合、実際に麻酔をかけ皮膚の切開まではしますが、それ以上の治療的意味のある手術はしません。最後は切開した皮膚を縫い麻酔を覚ませればそれで完了です。患者さんからすれば、傷跡が残っているので本当に手術をしてもらったと思うのです。
膝のプラシーボ手術
では、プラシーボ手術との比較を行なっている代表的な研究をいくつか紹介しましょう。例えば、変形性膝関節症に対する関節鏡手術の研究は有名です。変形性関節症とは、膝の軟骨がすり減り、膝に強い痛みを生じる病気です。関節鏡を使った手術は、下半身麻酔をかけたうえで膝の皮膚を切開し、そこに関節鏡を入れて手術をします。一方、プラシーボ手術は、同様に膝の皮膚を切開しますが、実際には関節鏡は入れません。ただし下半身麻酔の場合、患者は意識があるため、手術をしている状況は認識できます。実際に手術をしているところは布で覆われているため患者さんには見えませんが、医者の会話も含め音はよく聞こえます。実際の手術では関節内を大量の生理食塩水で洗うために機械を回しますが、プラシーボ手術も同様に機械を回すため、生理食塩水で洗い流している音はどちらも聞こえます。ですから、患者さんはそのような状況から、ちゃんと手術をしてもらっていると思ってしまうのです。最後はどちらも切開した皮膚を縫って終了です。
この研究では手術後2年間の追跡調査がされていますが、結果は実際の手術もプラシーボ手術も膝の痛みは同様に軽減し、両者に程度の差はありませんでした。さらに驚いたことに、プラシーボ手術を受けた人の中にも、今までは階段を上がったり正座をしたりすることができなかったのに、手術後にはそれらができるようになった人もいたのです。
実際の手術はしていないのに膝の痛みが楽になったということは、まさに手術という行為がきっかけとなり「心の治癒力」のスイッチが入り、その結果、痛みが軽減したと考えられます。
メニエル病のプラシーボ手術
また、めまいや耳鳴りを主訴とした病気にメニエル病がありますが、これも薬ではなかなか治らないその場合には手術療法を行うこともあります。メニエル病は耳の奥に位置する内耳に過剰なリンパ液がたまることが原因だと言われており、手術で内耳に穴を開けてそのリンパ液が流れ出るようにすれば症状が改善すると考えられています。
手術の方法ですが、どちらも耳の横の骨を開け、内耳を露出するところまでは一緒ですが、実際の手術では内耳に穴を開ける処置をした後に再び骨を戻します。しかし、プラシーボ手術では内耳には一切触れることなく、そのまま開けた骨を元に戻します。この場合は当然、リンパ液がたまっている状態を改善させることはできません。
ところがこの場合も、術後の症状の改善度に両者の差はなく、ともにめまいなどの症状が改善したのでした。さらに、その3年後までフォローアップされていますが、その結果も両者に差はありませんでした。
プラシーボ手術の有効性
このようなプラシーボ手術の比較研究は他にもたくさん行なわれており、それらをまとめた論文によると、53件の比較試験のうち39件(74%)でプラシーボ手術による改善を認め、27件(51%)では通常の外科手術との効果に違いがなかったという結果でした。つまり、プラシーボ手術であってもかなりの率で症状や病状が改善されるのです。
狭心症のプラシーボ手術
その一方で手術が単なるプラシーボ反応に過ぎないとわかり、世の中から消えてしまったものもあります。1950年代に一世を風靡した狭心症に対する手術がそれです。狭心症は心臓自身に血液を送っている動脈が狭くなり血液の流れが悪くなることで生じる病気であり、発作が起こると胸が締め付けられるような痛みが生じます。その発作を予防するためには十分な血液が心臓に流れるようにする必要があると考えられ、動脈を縛ることで心臓への血流を増加させる手術が頻繁に行なわれていました。実際この手術は好成績をあげ、狭心症発作を改善させると思われていました。その後、この手術に対してもプラシーボ手術との比較研究が行なわれ、その結果、胸痛発作が改善した割合は、本当の手術を受けた患者は67%、プラシーボ手術を受けた患者は71%でした。その後も様々な研究が行なわれ、その結果、症状の改善はプラシーボ反応に過ぎないと判断され、現在ではこの手術は全く行なわれなくなりました。
このように手術という「行為」は心の治癒力を活性化させる極めて強力な手段のひとつであり、手術が「きっかけ」となり心の治癒力が発揮され、それが症状の改善につながったと言うことができます。
イラスト:子英 曜(https://x.com/sfl_hikaru)
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