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ヴァルプルギスの夜の逢おう1(3)

第1話 ヴァルプルギスの夜

 (3)ヴァルプルギスの夜が始まる!

「おや、珍しいね」

 周囲の黒魔女たちの中にあって別格である、一際美しいが威圧感、重圧感あふれるその魔女が、柚樹とローズマリーを見下ろし、一歩ずつ近づく。

「ローズマリー、否、イルゼ。黒魔女たちに混ざって、白魔女のお前がこんなところで何をしている?」

「ヴァルプルギスの夜は誰でも楽しんでいいものでしょう? 大白魔女様はそうおっしゃっていたわ」

 柚樹がさっとローズマリーを庇うように前に出た。
 勇気を振り絞る前に、反射的にそうしていた。

「ほほう、この男はお前たちの生贄いけにえか?」

「違うわ!」

 口の端を上げた黒い魔女のてのひらには青い炎が現れ、柚樹に向かって投げつけられた。

 恐怖で足がすくんだ柚樹の目が、大きく見開かれる。

 バチバチバチッ!

 稲光と轟音、爆風で悲鳴は打ち消されていた。

 と同時に、黒い魔女が身体中を青く放電させながら飛ばされ、大木に激突した。

 跳ね返り、バタン! と、うつ伏せに倒れた身体からは、黒い煙がぶすぶすと立ちのぼる。

 防御していた腕を下げると、柚樹の前にはローズマリーが立っていた。

「え……?」

 彼女を守るつもりだった柚樹には、一体何が起こったのか理解できない。

 これまで見たことのないものが、彼女の手に握られていた。
 魔法使いの使うイメージの木の枝を集めて草のつるで束ねたものを、黒魔女に向けている。

「……き、貴様……! 白魔女の……くせに……なぜ、そんなことが……!」

 身を起こしかけた魔女はうめき声を上げ、再びうつ伏せる。

 魔女の身体にはプラズマが走るようにして、青い稲光がまだバチバチと収まらない。

 空中でも地上でも、瞬時に静かになった黒魔女たちの頬を、冷や汗が伝う。

 沈黙とざわめき、そして、全員の視線がローズマリーに釘付けになった。

 呆気に取られているどころではない、恐怖におののいた血走った目。

 額から頬、首筋にも冷や汗が吹き出し、噛み締めたゆえに口角から血をにじませる者、泡を吹き出す者、ほぼ全員の硬直した足はガタガタと震え出した。

 叫びたくても叫べない。
 そんな恐怖にかられた魔女たちは、逃げ出すことも出来ず、その場に凍りついていた。

「さ、お祭り準備の続きを。皆で仲良く楽しみましょ!」

 何事もなかったようににっこりと、いつもの天使の微笑みで、彼女はそう言った。

 倒れているリーダー格の魔女を拾い上げると、ヴァーテリンデの魔女集団が次々と撤退し、地上の魔女たちも逃げるようにして引き上げていく。

 木々はへし折れ、炎はくすぶり、煙があちこちから上がっている。
 奇怪な光景に目を白黒させながら、視線を彼女に戻す。

「楽しい夜になるといいですね!」

「え……、あ、は、はい、そうですね!」

 取り繕ってはみたものの、柚樹の笑顔はぎこちない。

 その時、先ほど魔女たちが取り囲んでいた泉のそばに、黒い渦を巻く風が起こったと思うと、黒い人の形をしたものが現れた。

 黒髪に山羊やぎの角を生やし、額に嵌め込まれた赤い宝石は燃えている。
 上半身は人間の女の姿、へそから下は黒い動物のようで尾も生やしている。その足先は二つに割れた山羊のものと似ていた。

 なんっつう危うい格好!

 柚樹からすると、山羊女の身につけている薄く露出した布は、アラビアやエジプトっぽく、踊り子のような、そんなイメージしか湧かなかった。
 
 赤く光る、山羊女の瞳が辺りを見渡している。

「バフォメットさん!」

 ローズマリーが進み出てスカートをつまみ、頭を下げてみせた。

「なんだ、ローズマリーではないか」

 低い女性の声だ。少しだけ、山羊女が笑顔になり、顔をしかめる。

「一体なんなのだ、この惨状は」

「はい、皆で楽しくお祭りの準備をしていたら、ヴァーテリンデの魔女たちの襲撃に合いました。それで、怪我をした人たちもいて、皆さん、早々にお帰りになってしまいました」

 残念そうな表情を浮かべるローズマリーの後ろで、柚樹はそうっと顔をのぞかせた。

 俺には、「可愛い顔してすごい攻撃力だったローズマリーさんに、皆がおそれをなして逃げ出した」……ようにも見えたけど。

「私の着く前に、何たること……! ヴァーテリンデめ、いつも無茶苦茶しおって」

 ああ、もともとそういう人たちなんだ?

「バフォメット様!」

 バフォメットの後ろから現れたのは、つばの大きい黒い帽子を被り、黒ずくめで黒髪の、箒に乗った、柚樹のイメージするいかにも魔女らしい魔女の娘だった。

 魔女はバフォメットの前にひざまずき、頭を垂れた。
 ああ、良い、と言われると恐れ多い仕草で下がるが、ローズマリーの方を見ると、打って変わって手を腰に当てて踏ん反り返った。

「よう、ローズマリー! お前、今年も来たのか。白魔女のくせに、性懲しょうこりもなくヴァルプルギスの夜に……んぁ?」

 あおるような口調の彼女は、目の前の惨状に思わず口をつぐんだ。
 その後から、褐色の肌に真っ直ぐで艶やかな黒い髪をした、エジプト風な出立の娘も、箒に乗って現れた。

「バフォメット様、今宵こよいも参加をお許しいただき、感謝します」

 褐色の魔女も、手を胸元に当て、うやうやしく頭を下げた。

「うむ」

 バフォメットは腕を組み、満足そうな笑みを浮かべている。

「ラミア、ファリダちゃん! 久しぶり!」

 ローズマリーが嬉しそうに二人に駆け寄った。

「……って、ぅぉおおおい! アタシは呼び捨てか!」
「元気そうね、ローズマリー」
「うん! ファリダちゃんたちも!」

 エジプト風な、これもまた柚樹には踊り子かと思うような装束のファリダが、柚樹に目を留め、呆気に取られた顔になった。

「人間……なの?」

 気が付いたラミアも、柚樹を見てニヤリと笑った。

「ほう、人間の男か。気が利くじゃねぇか、ローズマリーにしては。生贄を持ってきたとはな!」

 ひっ!

「生贄なんかじゃないわ、橘さんは!」

 少しムッとしながらローズマリーが柚樹の隣に立ち、片手を庇うように彼の前に上げた。

「ほー、ムキになっちゃって! ああ、わかったぞ、さては、こいつはお前の大事な……」

 えっ……?
 だ、大事な……って……!?

 柚樹の頬が少しだけ赤くなるが、ローズマリーの表情は変わらない。

 ラミアがニヤニヤと笑いを浮かべながら、続けた。

「あれだろ、非常食だろ!」

「違うわよ。橘さんは、わたしのレストランのお客さまなの」
「ローズマリー、レストランをやってるの?」

 ファリダちゃん……だっけ? こっちのは。

「そうなの!」
「良かったじゃない! あなたの夢だったんでしょう? レストランを開くの」

「そうなの! ファリダちゃん、覚えててくれたのね! 嬉しい!」
「そこに来た客を食うんだな! 考えたな!」
「違うわよ、ラミア」

 どうもこのラミアって魔女は、喰らうことしか発想はないようだ。
 と、柚樹は考えていた。

「仕方がないのう……。帰ってしまった魔女たちを呼び返すのも面倒だし、今ここにいるものだけで祭りを開催するとしようか。ま、そのうち、遅れてきた魔女たちも来るかも知れんし」

 面倒臭そうに、バフォメットが言った。

 ええ〜、サバトって、そんな感じでいいんですか!?

 柚樹の目が見開かれる。

「おう、ここで黒豚が丸焦げになってるぜ。中まで火が通ってていいじゃねぇか、ちょうど食べ頃だ」

 嬉しそうなラミアの上げる声を聞いて、ローズマリーもファリダも木製の器に肉付きの良い部分を入れて持って行った。

「まずは、バフォメットさん、どうぞ」
「うむ」

 器に入れる意味はあったのかと思うように、骨の部分を持つと、勢いよく噛みつき、肉を剥ぎ取って食べ始めた。

「あ、橘さん、バフォメットさんは、ヴァルプルギスの夜の主催者さんで、サバトを司る悪魔なんですよ」

「……あ、ああ、そ、そうなんですね。よ、よろしくお願いいたします」

 これまで見た魔女の中でも格上に見えると思ったら、悪魔だったのか!

 だが、そんな悪魔に対してもローズマリーの態度は変わらず、で呼びかけ、にこにこしていた。

 そんな彼女を横目で見ながら、柚樹は心の中から問いかけていた。

 ローズマリーさん、……あなた何者?

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