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30代、ひとり酒を飲む

酒を飲むことが好きだ。
友人とはもちろん、一人で飲むことも好きだ。細かいことはあまり考えず、適当な店に行き、時には驚くほど楽しい夜、時にはいらだちが収まらないほど最悪の夜を何度も過ごしている。

酔って話すと、普段よりも遠慮が薄れると思う。時には言葉が荒くなってしまうこともあるが、いつもよりも少しだけ本音に近いことを話しているのではないだろうか。
幼いころからひどい人見知りの私だが、酒を呑んでいるときは怯えが薄れ、普段やらないことをついやってしまい呑み過ぎることもある。
何度終電を逃し、乗り過ごし、二日酔いになっただろう。それでもまた吞みたくなってしまうのは、酒好きの阿呆だと思う。


そんな酒を飲んだ日の記録を書きたいと思ったのは、ただ忘れてしまうことがもったいないと感じるようになったからだ。
つい先日も、少し変な夜を過ごした。

蒲田のある角打ちで飲んでいた時のことだ。
別の店でホッピーのナカを3杯お替りし、
酒屋が経営している店で、本を読みながら日本酒をちびちびとすすっていた。
すると、「お兄さん、おすすめの日本酒ある?」
下っ足らずのおじさんが笑顔で話しかけてきた。よく見ると歯がない。
「日本酒好きなんだけど、他の人が好きなものも試してみたくってさ。ちょっと教えてよ」
少し悩んで、個人的に好みな東鶴などを紹介する。おじさんは一口飲んで「フルーティーで美味しいねえ」と笑う。良い人そうだった。
色々話すと、どうやら地元の人ではなく、私と同じくさまざまな街で飲み歩いているようだった。

浅草や上野、北千住などにあるおすすめの店を教えあっていると、「酒、好きなの?」と、別のおじさんも話しかけてきた。ジャージにタンクトップと、明らかに地元の人間の風貌だった。
歯なしのおじさんと私はうなずく。
ジャージのおじさんの「この辺は詳しいの?」との質問に、私は「いえ、まだ最近開拓を始めたばかりで」と返す。
すると、ジャージのおじさんは意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「ここもすごい使いやすいけど、もう一軒、日本酒ならばここってとこあるよ」と話す。
なんでも、有名銘柄を手軽な値段で呑めるだけでなく、つまみまでしっかりしているという。
「まさに、日本酒好きにとっては天国」とはジャージのおじさんの談。
詳細を教えてもらうと、興奮した私は歯のないおじさんを置いて店を飛び出してしまった。

角打ちから歩いて3分ほど。バーボンロード(蒲田の有名な飲み屋街)の一角にその店はある。
店名は「日本酒人」。「ぽんしゅびと」と読むらしい。
入ると、長いカウンターと、奥の方にテーブル席がいくつかある。どれも座ることはできない。
店主らしき人から「いらっしゃい」と言われる。少し不機嫌そうな雰囲気だが、
カウンターにいる常連とは会話をしているあたり、悪い人ではなさそうだ。
メニューを見ると、マイナーながらも美味しい酒を低価格で呑めるだけでなく、
有名な銘柄も値ごろに飲めるようになっていた。
中には新政の頒布会限定の酒もある。
飲んだことがなかったので注文すると、「いきなり高いのからいくねえ」と笑われてしまった。
確かに、他の酒は非常に値ごろなので、価格的に少し目立っている。
「一度飲んでみたかったんですよ」。
私が返すと、常連らしき一人が「確かに貴重だもんね。しょうがない」と笑う。このやり取りだけで、ここに来て良かったと、なんとなく思えた。


その後も、つまみ2品(刺身と、肉!)と、日本酒3種のセットなどを注文する。美味しい。
呑んでいると様々な人が入ってくる。スーツ姿の人や、海外から観光で来た人、コンパ帰りの人。多くの人が混ざり合って、騒いでいる光景はそれだけでも楽しい。
気づいたらさっきの店で分かれた歯なしのおじさんと、ジャージのおじさんも集合している。


騒いでいると終電が近くなっていたため、一足先に帰らせてもらった。
初来店にもかかわらず、中の人たちと手を振って別れる経験はさすがに今までなかったと思う。
一人呑みの醍醐味とも言えるような夜だった。

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特に好きだったお酒
【日本酒】
・東鶴 蝉しぐれ スパークリング 生
・新政 貴醸酒 陽乃鳥 スパーク
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