2.違和感は気のせいだと

私たち家族はとても仲が良かったように見えた、と過去関わってきた人たちはみなそう言っていた。

母は慣れない生活ながらも必死に父を支えていたし、
父はきっと治安の悪い国で仕事に苦労もしていただろう。

私が父のためにおにぎりをにぎりお弁当を渡したとき、父はfacebookに写真付きで嬉しそうに投稿するぐらいには、きっと愛されていた。うん、いま投稿見てきたけど、残っている、大丈夫間違ってない。私がにぎったおにぎりが、父の昔のfacebookアカウントに、うん、投稿が、残っている。

だけどなんでだろう、私は父と母が喧嘩していたところをよく見ていた気がする。
それは私のことなのか、学校で問題を起こしている弟のことなのか、それとも、別のことなのか。

深く踏み込まなかったけれど、母はよく泣いていた気がする。
なんで?と聞いても「海外生活がつらくて刺身が恋しい」こんな回答が返ってきてたと思う。

すでに未来を知っている私は刺身なんぞで泣いてる母ではないことはもちろん知っている、が、当時の私にはわからなかったのだ。

だって私たちは平和で、祖父母たちとそのまま南米の旅行に行ったりもしたし、チリの生牡蠣で家族そろってノロウイルスになって苦しんだりもしたし、父も母も学校行事に顔を出していたり、そう何も変なところはなかった気がする。いや無かったと私は思っていた。

習い事もやらせてもらって(まあつらかったけど)現地にいる日本人の友達もいて、毎日楽しかった。

でもある日、父が行方不明になった。

…えっ?って感じだった。
行方不明?大使館の仕事?してて?2日も?3日も?連絡が?とれない?へ?

もう意味わからなかった。いや意味わからんよ。
普通探す方の人間なんよ、私の父は(笑)
母がまあまあ焦った顔して各方面に連絡しているのを見ていた。

どうやらとある飲み会に参加したのちから、連絡が取れなくなっているらしい、はわそんな危ないこと、いや大丈夫父は動けるし柔道も合気道もあるしうん大丈夫、そう言ってた。

ボディーガード兼運転手、めんどくさいのでこれからは運転手と呼ぶが…
彼にも消息は分からないらしい。

そんなことあるんか。有給取ってるとしても言ってくれ(笑)

まあつまり、そんな事件が起こったのでした。




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