「緑の中の一軒家」
緑が生い茂る森林。
もはやジャングルと言った方が早いだろうか。
そこには海外映画とかでしか見た事の無い風景と音が広がっていた。
神様は慣れた手付きでその緑を掻き分け歩んで行く。
「もうすぐ到着じゃ。」
そう神様が言うと同時に、目の前に立派な二階建ての一軒家が建っていた。
「い、家…?これはどうやって…。」
不思議だった。
この緑しか無い孤島に一軒家を建てられる材料が果たしてどこにあったのだろうか?
「ワシがここに流れ着いたのは、まだワシが佐藤くんくらいの歳の頃じゃった。あれから何年経ったか分からぬが、恐らく四十年程前の事かの。もうその時にはこの家は建っておった。…まぁ、今は何年かも分からぬから、詳しい年月は言えぬがな。」
「え?!よ、四十年もここに?!」
僕はなぜ気付かなかったのか、スラックスのポケットにしまっていたスマホを取り出す。
スマホは海水の塩にやられ、黒い画面のまま起動せず、ただ僕の顔を映した。
「最初は誰かの別荘かと思ったんじゃ。もしそうならその人に土下座でも何でもして、早く家族のもとに帰りたかった。でもあれからひたすら待っても誰も訪れず、現れるのは海岸に流れ着く人ばかり。…もう望みは捨てたわい。家族の顔も薄れて来てしもうた。」
そう話すと神様は家の前で立ち止まり、ゆっくりと空を見上げた。
「老いぼれの昔話も退屈じゃろ。さぁさぁ、もうすぐ夕暮れになる。中へ入ろう。」
神様は静かにドアを開けて、静かに家へ吸い込まれていった。
空に薄く染まって来た温かい橙。
その橙が僕と家を優しく染める。
僕はその橙に切なさと儚さを感じた。