僅かに聞こえた女性の叫ぶ声。 どうせ聞き間違いだ、と自分を無理やり納得させてまた夢へと向かう。 それから少し経った頃だろうか。 カーテンから映える白い光に顔を照らされ、静かに目を覚ます。 気付いたら僕は壁に背をもたれかけて、眠りに落ちていた様だ。 眠気に遮られて少しの間気付かなかったが、何やら騒がしい。 女性の叫び声と何か関係があるのだろうか。 そう思った瞬間、僕の部屋に神様が血相を抱えて飛び込んで来た。 「さ、ささ、佐藤くん!た、大変なんじゃ!そそ、その、う
時が止まる。 目が合った岡田の瞳の中に一切の光を感じない。 そのままどれくらい目が合っていたか分からないが、僕が耐え切れずに目線を逸らすと岡田はゆっくりと立ち上がり外へ出て行った。 岡田は本当に僕の事を忘れ去っているのだろうか。 本当は岡田の頭の中に僕がいるのでは無いか。 そう考えながら、僕はゆっくりと洗い物を進める。 洗い終えた食器を眺めながら立ち尽くしていると、峰尾さんがティーカップに煎れたコーヒーを二つ持って話しかけて来た。 「どう?まだ来て一日目だけど馴
高台を後にした僕は、無心で皆んなが住む一軒家へと黙々と歩く。 さっきまでは長く感じていた一軒家までの道のりもあっという間に過ぎ、気付けば僕は一軒家の前に立っていた。 中へ入ろうとしたと同時に、外へゴミ出しに出て来た峰尾さんと鉢合わせをする。 「あら、おかえりなさい。早かったのね!ご飯の準備が出来てるから、皆んなと食べましょ!」 「あ、はい。有難うございます。」 僕は明るく話しかけてくれた峰尾さんに対して何故か申し訳無さを感じ、少し俯き一軒家へ逃げる様に入った。 入
森林を抜けた先に広がる黄土色の砂浜と群青色の海。 ほんのさっきまで見ていたその景色は、たった数時間程で姿を変え、黒に飲み込まれつついた。 「あと一人なんじゃがのう…。暗くなって来たというのにどこをほっつき歩いておるのか。」 せっせと歩いて着いて来た神様が、僕に追い付いたと同時にそう口を開く。 残された一人。 一体どんな人なのだろうか。 不思議とこの島と住人に興味が湧いていた。 神様と砂浜を歩き、辺りを見渡しているとさっきまで気が付かなかった灯りの無い高台を見つけ
先に一軒家に入っていった神様の後を追いかけると、中には必要最低限の物しか置かれておらず、より一層一軒家が大きく広く感じた。 入ってすぐ右手にあるダイニングキッチンで神様は誰かと話している。 後ろ姿で顔は分からないが、黒髪ショートボブの女性だった。 「佐藤くん、こちらは峰尾さんじゃ。」 神様が口を開くと同時に、その女性が振り返る。 「こんにちは。初めまして。峰尾です。」 黒髪ショートボブの下には、綿の様に白く透明感ある肌に、大きく綺麗な猫目の瞳、程良く高いスッとした
緑が生い茂る森林。 もはやジャングルと言った方が早いだろうか。 そこには海外映画とかでしか見た事の無い風景と音が広がっていた。 神様は慣れた手付きでその緑を掻き分け歩んで行く。 「もうすぐ到着じゃ。」 そう神様が言うと同時に、目の前に立派な二階建ての一軒家が建っていた。 「い、家…?これはどうやって…。」 不思議だった。 この緑しか無い孤島に一軒家を建てられる材料が果たしてどこにあったのだろうか? 「ワシがここに流れ着いたのは、まだワシが佐藤くんくらいの歳の
小さな歩幅で砂を蹴る二人の男の子が、お互いにちょっかいを出しながらこちらにかけてくる。 「海幸くんと山幸くん。双子の兄弟じゃ。」 「ゴール!僕の勝ち〜!山の負け〜!」 「海、セコいよ!絶対、僕の方が先だったもん!」 同じ顔、同じ身長、同じ髪型、同じ服、同じ声の二人の男の子は僕と神様の間を通過して、すぐに言い争いを始めた。 「ねぇねぇ、おじいちゃん!絶対、僕の方が早かったよね?」 「ん〜同着の様な気がしたがの…。どっちかの…。」 「海のが遅かったもん!絶対、僕の方
この歳にして、こうやって人と丁寧な挨拶を交わす機会が来るとは思いもしなかっただろう。 宮城くんは挨拶が終わるとまたその場にそっと座って、木の棒で砂を漁り始めた。 「宮城くんはとても大人しくてな。でも凄く優しい子なんじゃ。分かってあげておくれ。次は…そうじゃな。誰かこの辺におらぬかの…。」 僕を含め、七人の人がこの孤島に居ると神様は言っていた。 一人は神様、一人は宮城くん、一人は僕。 流石の神様でもこの孤島で、あと四人の住人を探すのはやっとな事なのだろう。 「おぉ!
「とりあえず…そうじゃな。住人らに挨拶でもしに行こうかの。これから君もこの島で暮らす事になる。必要な事じゃ。」 僕は神様に言われるがまま、白い髪の老人の後ろをただ着いて歩く。 「おったおった。見えるか?目の前におる男の子。宮城くんじゃ。」 神様の視線の先に、あぐらをかいて砂を木の枝で漁っている男性が居る。 「宮城くん。ちょいと宜しいかな?この島の新しい住人じゃ。ご挨拶をしておくれ。」 そう言われて、ムクっと立ち上がった彼の背丈は僕より少し低く、百六十五センチくらい。
僕は工場に七年間勤めていた。 海を横に置いた工場地帯の一つで、壁紙を作る工場。 築三十年、従業員は約二百人の少し大きな工場だった。 その工場は一年に平均二回、火災が起きる。 だから僕はおよそ十四回、火災に巻き込まれた事になる。 搬送先の病院の先生はまたこいつらか、と思っていただろう。 シンナーを扱う工場での火災の煙は、人体に有毒な影響をもたらす。 声を失う人も居れば、脳がいかれる人もいる。 僕はおよそ十四回目の火災で遂に、右目の視力を失った。 そして退職届を
沢山の一万円札を浮かべた湯船に浸りながら、八十年物の白ワインを口に含む。 そして、僕の脳はアルコールの気持ち良さに負け、のぼせ、狭い湯船に沈んで行く。 目を開けるとそこには、絵でしか見た事がない伝説の海中都市アトランティスが広がっていた。 綺麗と不思議が僕の目に焼き付かれた瞬間、急に息が苦しくなり、そのままゆっくりと気が遠のいて行く。 今までの僕の人生の全てが早送りされている。 そんなに悪い人生では無かった。 強いて言うなら、岡田と出逢って無ければ最高の人生だった