「灯りの無い高台」
森林を抜けた先に広がる黄土色の砂浜と群青色の海。
ほんのさっきまで見ていたその景色は、たった数時間程で姿を変え、黒に飲み込まれつついた。
「あと一人なんじゃがのう…。暗くなって来たというのにどこをほっつき歩いておるのか。」
せっせと歩いて着いて来た神様が、僕に追い付いたと同時にそう口を開く。
残された一人。
一体どんな人なのだろうか。
不思議とこの島と住人に興味が湧いていた。
神様と砂浜を歩き、辺りを見渡しているとさっきまで気が付かなかった灯りの無い高台を見つける。
そしてその高台に、はっきりと顔等は見えはしないが確かに一つの人の影があるのが見えた。
「あの…高台にいる方は…。」
「ん?…おぉ、なんじゃ。あんな所におったのか。」
そう神様は言うと、そそくさと高台へ向かい歩き始めた。
高台に着くなり、神様は黙々と高台の上へと目指す。
そして高台の上へ着いたと同時に僕は目を疑った。
「…岡田…さん?」
岡田が崖から飛んだあの時と同じ、生温い四月の夜の潮風が僕を包み、より一層濃厚にあの時の事を思い出させる。
「なんじゃ、知り合いじゃったのか。これまた奇遇じゃのう。」
そう神様が言うと、岡田は静かに首を傾げた。
「…えっと…すまん、誰だっけ。」
はっきりと自分の中に怒りが込み上げて来るのを感じた。
でもすぐにその怒りを越え、絶望と切なさでいっぱいになった。
「岡田くん、彼は佐藤くんじゃ。…あ、いや、本当の名前は彼自身、記憶を失っておって分からぬのじゃが…。」
神様は丁寧に状況の説明をしようとしてくれていたが、恐らく岡田の耳には届いていない。
僕もだったが、目の前にいる岡田は僕以上に混乱している様子がはっきり分かった。
「君には悪いが多分人違いだ。俺は今まで出会った人を忘れた事が無い。この世に似てる人は三人居るって言うしな。たまたまそのどっちかが俺と同じ苗字だったってだけだろ。…偶然の重なり合いだ。」
そう言って岡田はゆっくりと黒く、時折小さく光り輝く海へと身体を向ける。
一生を懸けて忘れられないであろう人物に、僕は忘れられていた。
その事実だけを灯りの無い高台に残し、僕は静かにその場を後にした。