『覇者』誇り高く、『紳士』凛々しく男らしく(その1)〜関東大学ラグビー早稲田対青山学院を観て〜
1.秩父宮へ夢を見に
関東大学ラグビー 筑波対慶應義塾 の試合
どちらが勝ってもおかしくなかった。最後まで試合は締まっていた。
TVを観ながら、いつになく優しい気持ちになった。しかし、のんびり感慨に浸っている暇はない。私は慌ただしく昼食の片付けを済ませると大急ぎで家を飛び出た。今なら試合開始2時にギリギリ間に合うだろう。最後まで見ても夕飯の支度には間に合いそうだ。主婦にとって、所詮日曜は平日に過ぎない。
それでも行こうと思うのは、あの空間に『夢』が詰まっているからだ。
2.ここも『現実』か⁈
約7ヶ月ぶりの外苑前駅
ここはどこだ⁈
そこに別世界が広がっていた。あの小さく古びた駅は、オリンピックを前に大改装されていたのだ。
美しく広いウッドデッキを歩きながら、私はこの7ヶ月間に起こった諸々の事が、やはり何かの悪い夢ではないか、とぼんやり考えた。
秩父宮ラグビー場
昭和の佇まいをそのまま残すこの競技場は、今、単なるレトロでは終わらぬ『緊急事態』下にある事を如実に伝えていた。
各大学のテントもなく、部員の姿もなく、殺風景な消毒と検温のエリアがあるばかりのエントランス。
私はチケットを切る係の方の手袋を見て、ここでも『完全な夢』は見られないことを実感した。
会場は約半分、それ以下だろうか。当日券は完売となっていたが。たしかにソーシャルディスタンスが座席間に保たれていた。今までどれだけ『密』に座っていたのか。たしかに少々『過密』だったよね。
売店前の通路が観客に埋め尽くされていた、年明けのトップリーグを思い出しながら、私は客席に着いた。ギリギリに到着したので、すぐ選手が入場してきた。
3.彼等はここにたどり着いた
青学の選手達が一人一人一礼しながら入場する。
思わず目頭が熱くなった。歳のせいか最近やけに涙もろい。
この二十歳を過ぎたばかりの、いやそれにも満たない青年達。彼らが今日まで味わった苦痛と不安、それはどれ程大きかったことか。
ジャージの色はなぜ黒なのだろう。青学のスクールカラーはダークグリーンだったはず。でもよく似合っている。
彼らは腰に手を当て立っていた。袖の黄色いライン、真っ白なスタンド襟が芝の緑に映えていた。
その姿は凛々しく、男らしく、なにより気品に満ちていた。
やはり、青学は秩父宮でも『アオガク』なのだ。たとえ練習場が相模原であっても、『トレンド発信地 青山』の空気を吸っている青年達。しかし、ここで彼らをこの上なく魅力的にしているのは、
猛暑の下、厳しい制約の中で、できる限りの練習を積んだ事を示す、
真っ黒に焼けた肌と締まった身体、そして、試合に気持ちを集中した面差しだった。
少し遅れて早稲田の選手達が、やはり一礼してから入ってきた。この試合、ある程度主力は温存らしい。主将丸尾くんが随分大人びてみえた。
連覇 という重いノルマを、今の彼らに課していいものなのか。逆に、課さなければ、コロナ渦という理不尽にすぎる現実に、選手の心が折れてしまうのか。
今年の早稲田ほど、モチベーションの保ち方が難しい大学はない。
青山学院は、明らかにこれからのゲームに集中していた。緊張感が伝わってきた。
早稲田は、全員で気合を入れながらも何かに戸惑っているように見えた。主力温存という措置は、今ここに立つ部員一人一人に『ここがチャンス』というかすかな雑念をもたらすのだろうか。
この試合、結果は予想できた。去年の主力がほとんど残っている青学が、どこまで昨年の覇者早稲田に食らいつくか、そこが見どころではあった。
試合が始まった。
『この試合はきっと感動する』
あの青学選手達の美しい立ち姿。
そこから得た予感はすぐ現実のものとなった。