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恋は勘違いから始まる
恋は勘違いと一体誰が言ったのかは、知らない。私はまだ、勘違いをやめられないでいる。
ある日のこと。
叔母さんから、家の畑で取れた野菜を取りにいらっしゃいと誘われ、私は学校帰りに叔母さんの家に寄った。その帰り道、ビニール袋に入った重たい野菜を両手に抱え、私は一人歩いていた。
たくさん野菜を分けてくれるのは嬉しいんだけど、野菜ってやっぱり重い。少しだけ貰えばよかったと後悔したが、今更戻って返すのも面倒だし、一度貰った物を返すなんて、そもそも失礼だ。勧められるがままに受け取ってしまった自分の調子の良い性格を、恨めしく思う。
歩いている間に、徐々にビニールが手へと食い込んできて痛い。その痛みを逃そうと、勢いをつけて袋を持ち替えた拍子に、
「あっ」
音もなくビニール袋が1枚、野菜の重みで破れてしまい、中に入っていた野菜が地面に転がり落ちてしまった。
うわー、やってしまった。どうしよう。
代わりとなる袋はなく、もはや原型を留めていない袋には、もう一度これらの野菜を入れることなどとても期待できない。
困ったな。全部を手では持って帰れないし、このまま落としておくわけにもいかないし…
私は道路に落ちた野菜たちを、しばし眺めて途方に暮れていた。
すると突然、後ろからぬっと黒い腕が伸びてきて、地面に落ちた野菜を次々に掴んでいった。
私は驚き、慌てて後ろを振り返る。
ゴリラ?
一瞬そう思った。
その人は大きなたくましい体つきに、彫りの深い顔、毛深い腕…ゴリラに見える。いや、たぶんゴリラだよね?
子供の頃、動物園でしか見たことがなかったから、自信はないがそっくりだ。
「ねえ、あれ。ニシさんじゃない?」
「ホントだ、あそこで何してるのかな。ね、ちょっと行ってみようよ」
「無理無理。ニシさんに話しかけるとか、緊張しすぎて死ぬから!」
私が目の前の人物、いやゴリラについて考えていると、少し離れたところで、女の子たちのはしゃいだ話し声が聞こえてきた。
西さん?この人の名前なのかな?
黒い服を着た西さんと呼ばれるゴリラに似た男性は、女の子たちの話し声から推測すると、どうやら人気者らしい。
改めて、西さんと呼ばれる人の顔を覗き込んでみる。
西さんは両腕で拾った野菜を抱えて、私の目をじっと見つめ返してくる。その眼差しは、静かでとても穏やかだった。
少し気持ちが落ち着いてきたところで、いつまでも野菜を持たせたままだったことにようやく気づき、私は慌てた。
「すみません、野菜。あー袋がないか…あの、袋とかお持ちじゃないですよね」
拾ってもらった野菜を両腕で受け取ろうにも、ビニールに入った野菜はもう一袋あり、それによって片腕が塞がっている。恥を偲んで西さんとやらに、袋を持っているか聞いてみた。
西さんからの返事がない。突然そんなことを聞かれてしまい、なんて図々しい子だと、呆れているのかもしれない。
「…袋、ないですよね。急にすみません。そのままじゃ持って帰れなくて困っちゃって」
ヘラヘラと笑いながら、言い訳がましく謝ってしまう。
「ちょっと、たくさんもらいすぎてしまって…あ、そうだ。野菜いりませんか?や、あの落ちたほうじゃなくて、こっちですよ」
なおも無言で見つめてくる西さんの心情がわからず、私は焦ったように言葉を続け、手に持っているビニール袋を揺らしてみる。私ったら何言ってんだ。
西さんは返事もなく、コクリと頷き、拾った野菜を抱えたまま歩きだしてしまった。
「あ、あの。そっちじゃなくて…」
後ろ姿の西さんは、こっちでいいと言わんばかりに首を横に振り、広い背中を印象付けたまま静かに去っていった。
「…ありがとうございます」
聞こえているか、いないかわからなかったが、もらいすぎた野菜の分だけ私の気持ちが少し軽くなった気がした。
西さん。一体どこの人なんだろう。
翌週また私は、今度はりんごを抱えて歩いていた。
今度こそたくさんもらいすぎないように、と心に決めていたが、叔母から、一人じゃそんなに食べきらないのよ。と困ったように言われてしまい、私は結局断れなかった。
先週西さんとは、ここら辺で会ったんだよな…
そう思いながら、あの穏やかな眼差し、広い背中をぼんやりと思い出す。あのあと友人にも聞いたが、西さんのことはわからなかった。
なんでこんなに西さんのことが気になるのか、わかるような、わかりたくないような…
「ねえ、あれまたニシさんじゃない?」
「どこどこ?」
「ほら、あそこのベンチの…」
「ほんとだ!見かけたって、電話して教えてあげたほうがいいかな」
「うんうん、すごく探してたもんね。喜ぶよ」
少し前で立ち止まっている女の子たちの会話が聞こえてくる。今、彼女たちは『西さん』と言っていなかったか。
西さんがいるの?私は少しドキドキした。
彼女たちの目線の先をたどると…いた。やっぱり西さんだ。
どうしようかな、私のこと憶えてないかな。急に話しかけて、誰だこいつって顔をされたらどうしよう。話しかけるのやめとく?いや、でもこの間の野菜のお礼もしたいし。
そうだ、野菜のお礼をしないといけないから、話しかけていいんだ。
私は小さく息を吐いて、ゆっくりと西さんの方へ向かう。
「こんにちは」
意気込んで来た割に、声が小さくなってしまった。私のこときっと忘れてるよね。
西さんの顔を覗き込むようにして、私は更に話しかける。
「急に声かけてすみません。先週野菜を拾ってもらった者です。あの、お礼を言いたくて…」
西さんは返事もなく、じっと私を見つめてくる。真っ直ぐな眼差しに、私も思わずじっと見つめ返してしまう。この穏やかで静かな眼差しは、本当に吸い込まれるようだ。
西さんは、しばらく私を見つめたあと、私の持っているりんごに今度は目を向ける。
「今度はりんご、もらったんですよ。いりますか?りんご、はは…」
今度は落としてないやつですと、言いかけて、余計な言葉は飲み込んだ。
西さんは黒い腕をにゅっと突き出して、私の右手にもつりんごの袋をさらっていく。
右腕がふっと軽くなった。
急に軽くなった右腕は羽が生えたように舞い上がり、私は思わず西さんの腕に触れてしまった。
西さんは再び私の目をじっと見つめてくる。私も声もなくじっと見つめ返している。
ふいに西さんが自分の胸元あたりを手ではたいた。
?虫でも留まっていたんだろうか。その様子に、私はふふっと笑ってしまう。
なおも、胸をはたいている西さん。何かのジェスチャーだろうか。手話?
その様子に私は嬉しくなり、私も空いている方の右手で、自分の胸元を軽くはたいて見せる。なんて意味だろう。伝わったかな。
「ちょっとお嬢さん!困るよ!」
急に大声がして、私は西さんとの二人の世界が中断され、夢から醒めたようにびっくりした。
声の方角を見ると、ウィンドブレーカーを来た中年の男性が、こちらに向かって走ってくる。そしておじさんは、瞬く間に到着するなり私に言った。
「お嬢さん、勝手に餌を与えんでください」
「餌?」
なんのことだろう。
「そう、餌。もしかして、先週も野菜あげたのお宅かい?困るんだよ。勝手にあげちゃうとさ」
なんのことだか、よくわからない。私が一体何に餌をあげたんだろう。ほうけた顔でおじさんを見ている私に、おじさんは呆れている。
「ゴ・リ・ラ!ゴリラに勝手に餌あげないで。って言ってるの。」
ごりら…ゴリラ…ゴリラ?
私は思い至って、バッと西さんの方を向く、
西さん、やっぱりゴリラだったの?
「勝手に脱走しちゃったからさ、探してたんだよ。さっき電話もらって。餌もらっちゃうと癖になるからさ。やめてくんない?」
おじさんはそう言って、ゴリラから取り上げた袋を私の手に返してくる。
「はあ」
なんとも私は間の抜けた返事だった。
「まあ、引き止めておいてくれて、ありがとうね。ゴリラ見たければさ、そこの動物園にいるから」
そう言って、おじさんは西さんいや、ゴリラを1頭連れて動物園へ帰っていった。
…私、メガネをやっぱりかけた方がいいのかもしれないな。
◇◇
「西さーん。来たよー」
私は大きな声で、『ニシゴリラ』と書かれた檻に向かって声をかける。
私の声に反応するように、1頭のゴリラが檻の近くにやってきた。
「西さん。今日は白菜もってきたから、園長に渡しておくね。あとで食べてねー」
ゴリラが、いや西さんが声に応えるように胸を叩き、私もつられて自分の胸を叩く。
メガネを新調しクリアになった視界で、私は今一生懸命勉強をしている。
いずれこの動物園に就職し、一生西さんのお世話をするのだ。
私達は今、相思相愛だ。
私がフォローしている ほよこさんのすすめで、ゴリラ・フィクションで書いてみました。
ゴリラでフィクション…猿の惑星くらいしか思い浮かばなかった私には、少し、いや、だいぶ難しかったです。猿の惑星は、しかもゴリラじゃないか。
でも、楽しかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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